笑いにおけるコンプライアンス
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
これからの日本のお笑いはどうなっていくのだろうか。
コンプライアンスが厳しすぎるのは笑いにとってはいいことではない。現在は厳しすぎるコンプライアンスという長いトンネルの中にいるのだろうか。
その昔のツービートの有名なギャグフレーズ「赤信号、みんなで渡れば怖くない」なんて、今誰かが発言したら炎上する。
教育的に捉えたら、赤信号を赤で渡っていいわけがない。学校では「青信号になってから渡りましょう」と教えるし、家庭でも同じだ。
でも笑いに教育を求めるのは間違いだ。笑いの重要な要素に「非常識」もあるのだ。世の中のちゃんとした人はこの非常識を笑う。裏を返せば、ちゃんとしていない人が怒ると言ってもいい。ちゃんとしている人達は芸人の言葉に共感はせず、見下して笑っている。それでいい。
「芸人がまたくだらないことを言っているわ、あはは」
もし子供達が芸人の言葉に共感してしまったら注意すればいい。「あれは芸人の戯言。それを信じてしまったらろくな大人にならないぞ!」。これが教育。
笑いに教育を持ち込むからわけがわからなくなる。学校で落語を推奨しているらしいが、言葉遊びとして「寿限無」を教えるのはいいことだけれど、落語の本質を教えたら子供達は堕落する。努力したって馬鹿は馬鹿、成功なんかしないんだ、というのを教えているのが落語。それが良いとか悪いとか、正しいとか間違っているとかではなく、人間なんてそんなもんなんだと落語は教えてくれている。
でも教育は違う。「努力は裏切らない!」と教える。
子供達には落語ではなく漫画の『はだしのゲン』を読ませるべきだ。
原爆の悲劇を描いた凄まじい漫画である。しかし、「誤った歴史認識を子供達に植え付けてしまう」という理由で学校図書館から撤去せよという陳情が松江市にあった。誤った歴史認識とは、多分天皇制への批判や日本軍の残酷な行為のことであろう。
教育委員会は作品を読み直して、歴史認識等ではなく残酷な描写に問題があるとして、学校に閲覧制限をかけるよう要請したとのこと。後に教育委員会は閲覧制限を撤回したが、未だにこの作品を巡っては賛否がある。
確かにこれを読むと戦争に対してトラウマが生じる。でもね、先の戦争で何が起こったか知らない若者があまりに多い。落語なんぞを教えるより戦争の怖さを教える、そして子供達と一緒に考える方がどれだけ有意義なことか。












