厚労省が再び行おうとしている、卑劣な「後出しじゃんけん」
今回の〈見直し〉案関連では、さらにひとつ、あらたな問題が明らかになった。衆院選のさなかに共同通信が配信した「2年ごとの上限額検証/見直しを盛り込んだ法案を厚労省が進めている」というニュースだ。これがSNSを中心に一気に広がり、大きな不安と反発を招いた。
このニュースによると、政府が検討中の医療保険制度改革関連法案では「患者負担額を少なくとも2年ごとに検証する規定を創設する」とされている。
制度を2年ごとに見直すという規定は、厚労省の社会保障審議会医療保険部会や、一時凍結後に患者団体代表を加えて設置された高額療養費制度の在り方に関する専門委員会でも、まったく議論の俎上に載ったことがない。専門委員会に参加していた委員たちには寝耳に水の情報だっただろうし、それは専門委員会と医療保険部会をずっと傍聴してきた筆者にとっても同様だった。
あれだけ大きな批判を受けて昨年3月に一時凍結に至った末に、仕切り直しで慎重な議論を行う場として設けられた専門委員会で、「2年ごとの検証/見直し」という案はひとことも話題になっていなかった。
「2年ごとの検証/見直し」その規定が、誰にも知られないまま法案に盛り込まれているのであれば、厚労省はまたしても卑怯な後出しじゃんけんをしている、というそしりを免れないだろう。
またしても、と述べたのは、このような後出しじゃんけん的手法を彼らは過去にも行っているからだ。
そもそもの発端となった2024年当初案(2025年3月に一時凍結)の議論を進める過程では、厚労省は上限額の引き上げの金額をあらかじめ審議委員に提示していなかった。
「+5%、+7.5%、+10%、+12.5%、+15%」といった割合の概要やざっくりとしたイメージ図を示すのみで、これらの説明を厚労省から受けた国会議員たちも、後に金額が明らかになった際には、説明に反して75%を超える引き上げ幅だったことを知って一様に驚いたという。
このやりかたに対しては、同省OBも「盗塁的手法」と手厳しい批判をしているという。
だが、今回の見直し案でも事態の進展は同様だった。
引き上げの可否や是非を議論する際に、厚労省担当者は常に「仮に引き上げるとした場合に……」と言うのみで、引き上げ率や金額例などの提示を事前には一切行っていない。
具体的な金額は、2026年度予算案が閣議決定された翌日(12月25日)に、医療保険部会と専門委員会を合同開催して、そこでようやく明らかになった。
この段取りは、「盗塁的手法」と批判された前年の進め方とまったく同じである。ここからわかるのは、厚労省は自己負担上限額の引き上げ幅や金額の妥当性は議論にはかることではなく自分たちが決定権を持つ専権事項である、と考えているのだろうということだ。
このような経緯があるだけに、専門委員会や医療保険部会の議論をなし崩しにしかねない「2年ごとの検証/見直し」という法案の規定も、議論に諮らずとも自分たちが裁量権を持つ、と厚労省が考えていたとしても不思議ではない。
この、2年ごとの検証を法案に盛り込む件について、2月13日の閣議後記者会見で上野厚労相は記者からの質問に以下のように回答している。
「報道については承知していますが、次の国会への提出を目指している医療保険制度改革関連法案の中身については、現在検討中の段階ですので、その内容は決まっていません。引き続き、政府内で検討を深めていきたいと考えます」
さらに記者から「検討」の中身について訊ねられると、このように述べている。
「(質問の)ご趣旨は、2年後に引き上げるのかということかと思いますが、現段階ではそれは検討していません」
(全文は「厚生労働大臣記者会見概要」(2月13日)参照)
この質疑だけを読むと、「そうか、引き上げは検討していないのか」と安心してしまうかもしれない。だが、その前に上野厚労相は「現段階では」と述べていることに留意をされたい。
しかも、その前段の質疑では「現在検討中の段階」「引き続き、政府内で検討を深めていきたい」とも述べている。つまり、2年後の自己負担上限額引き上げをあくまでも現段階では検討していないだけで、後出しじゃんけん的な「2年ごとの検証/見直し」を法案に盛り込むことについては「現在検討中」と述べるだけでまったく否定をしていない、とも理解できる。
実際に、この記者会見後の同日夕刻に毎日新聞が公開したポッドキャストでは、この2年ごとの検証を法案に盛り込む案が厚労省内で検討されていることが事実であるという前提で、その背景について、
・診療報酬や薬価のように、高額療養費制度の自己負担上限額もその時々の状況に応じて2年ごとに見直す仕組みを制度化したい
・制度化することによって、見直し案を提出するたびに世間から批判されることを避けたい
という狙いがあるようだ、と厚労省担当記者が取材に基づいた推測を述べている。(毎日新聞ポッドキャスト19分30秒~)
このような厚労省側の意図が担当記者によって明らかにされている以上、先の共同通信情報は非常に真実性が高いと考えるのが妥当だろう。
さらにひとつ傍証としてあげておきたいのが、日本維新の会の衆議院選挙での公約だ。彼らの公約(維新八策2026)には「121. 高額療養費制度は国民皆保険制度の中核であり、制度見直しにおいては患者団体をはじめとする当事者の参画の機会を確保したうえで、制度設計に反映させる仕組みの構築を目指します」という文言があった。
患者団体の議論参画は専門委員会ですでに実現されているため、「何を主張しようとしているのかいまひとつよくわからない」とコメントを入れたが、この公約が言う「制度見直し」が「自己負担上限額を2年ごとに検証/見直しを行う制度化」を指しているのであれば、厚労省が検討を進めているという法案と維新の公約内容は、ピタリと平仄があう。
その後、2月17日の日経新聞や18日の毎日新聞では、厚労省が健康保険法に「長期療養者の家計への影響を考慮すると明確化」して「後期高齢者の金融所得を社会保険料に反映する仕組み」などを盛り込んだ改正案を自民党に諮って国会へ提出する方針だ、とするニュースが報道された。
ここで明記されている健康保険法改正案が、果たして共同通信が先日に報じた「医療保険制度改革関連法案」のことなのか、そして、この改正案は共同通信の第一報後に世論の大きな反発を見て急遽方向転換した結果なのかどうか、ということは、本稿執筆時では判然としない。
ただひとつ明らかなのは、高額療養費制度の自己負担上限額引き上げや、唐突な「2年ごとの検証」という制度利用者の生命線は、政府と厚労省の手で恣意的に決定されている、という現実だ。そして、彼らがそのようなことをできるのは、実は上記の健康保険法がその根拠になっているからだ、ということはここで指摘しておきたい。
健康保険法第百十五条2には、以下のような記述がある。
「高額療養費の支給要件、支給額その他高額療養費の支給に関して必要な事項は、療養に必要な費用の負担の家計に与える影響及び療養に要した費用の額を考慮して、政令で定める」
政令ならば、国会で法案として時間をかけて議論しなくても、内閣が閣議で金額等の要件を決定できる。
専門委員会でどれほど審議を尽くしても、自己負担上限額の唐突な見直しや引き上げ(あるいは2年ごとの検証)が制度を利用する当事者の知らないところで決定され、その後出しじゃんけん的な行為を阻むことができないのは、健保法にこの文言があるからだ。
仮に、この文言が「政令で定める」ではなく「法律で定める」と記されているならば、自己負担上限額引き上げ等の制度変更は閣議決定ではなく、その都度、法案として議会に提出し、その可否を衆参両院の審議に諮らなければならなくなる。どうせ健保法を改正するのなら、このような方向で検討した方が健全なのではないか。
上記新聞報道が記すように、政府や厚労省関係者が本当に「家計への影響を考慮」するつもりがあるのならば、法に則るという意味でもこのほうがむしろ適正な手続きだろう。














