見直し案が実現に向けて進む状況下で、国民ができること

いずれにせよ、直近の問題は、昨年末に厚労省が発表した予算案(つまり、今回の見直し案が及ぼす様々な悪影響や皺寄せ)について、国会で果たしてきちんとした議論が行われるのか、ということだ。

一時凍結された2024年末の当初案は、そもそもの引き上げ幅が尋常ではない大きさだったために、理不尽さが誰にとってもわかりやすく、反対する側も明快な立論で政府に対応を迫ることができた。

全日本がん患者団体連合会(全がん連)が2025年1月に行った緊急アンケートでは「子供の教育費のために治療断念を検討している」など、疾患当事者の悲痛な声が多数寄せられ、それらを紹介しながら野党議員が政府に凍結を訴える姿は、多くの人々の共感を呼んだ。

しかし、今回の場合は見直し案によって生じる影響の内容が複雑で、問題提起をするにしても、わかりやすさという面では昨年と比べると若干の懸念がある。

しかも、野党側は人数面で昨年以上に劣勢であることに加え、政府側には先に述べたような見直し案の(わずかな)改善部分をことさら強調しながら「丁寧に説明」したうえで、「国民生活のために一刻も早く予算を通す」という、大義名分がある。

与党が圧倒的多数の議席を持つというのは、そういうことだ。

このように予想される政府の一方的な展開に少しでも歯止めをかけるべく、たとえば全国保険医団体連合会(保団連)は昨年3月4日から継続しているオンライン署名を、ここに来てSNSで再び熱心に呼びかけている。

この原稿を書いている2月18日現在では、24万筆以上の署名が集まったようだ。保団連は、2月19日にこの署名を厚労省に手交する予定だという(この署名は昨年の石破政権時代の3月4日に開始したものが、宛名人を高市首相と上野厚労相に変更して継続したもののようだ。

初期の署名賛同者は、宛名人が変わった現在の署名でも発起人の主旨に大枠で賛同すると解釈できるのだろうが、一時凍結前に開始した石破政権時の署名状況と現在の署名状況は異なるので、厳密なことを言えば高市政権に対する現在の署名運動は別立てにするべきだったようにも思う)。

保団連によるオンライン署名
保団連によるオンライン署名
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いずれにせよ、この署名を受けとった厚労省と政府がどのような対応をするのか(しないのか)は未知数だ。

討議の場がすでに国会へ移っている以上、今回の見直し案を立ち止まって再検討するのか、あるいはあくまで粛々と法案を通すのかという意志決定のボールは、あくまでも政府側のコートにあるからだ。

高市首相は関節リウマチに罹患して生物学的製剤を投与していることを公言しており、10月の自民党総裁選前に共同通信が行った政策アンケートでは高額療養費制度の自己負担上限額引き上げに反対とも明言していた。

だが、首相就任後の11月に行われた臨時国会では「高額療養費も医療費全体を上回るスピードで増加をしております」「能力に応じてどう分かち合うかという観点から検討を進めていく」と、前政権と同内容の発言だったことからもわかるとおり、今国会でもおそらく従来の政府姿勢と同様の対応になるであろうことが想像できる。

では、今回の見直し案を含む政府の予算案の採決が粛々と進められてゆく状況を、我々国民はただ座して眺める以外に方法がないのだろうか?

ここで思い出したいのが、全がん連理事長・天野慎介氏の言葉だ。少し長くなるが、以下に引用しよう。

「議員はもちろん、より良い政治やより良い世の中の実現のために動いていらっしゃるんだろうけども、いちばん根底の部分では『最後に議員を動かすのは面子と選挙だ、それが立たなければ彼らは動かない』とお世話になっている議員秘書の方に教えられたことがありました。これが国会で要望活動をする時の要諦だ、と私は理解しています。

当たり前ですが、与党には与党の面子があるし、野党には野党の面子がある。今回に限らずどの政策課題だろうと同じですが、高額療養費制度の件で言えば、与党が避けたかったのは『野党に言われたから凍結しました』という状況です。つまり、自民党内から声が上がるか、(当時の)連立与党である公明党から言われて変えるか、どちらかしかないんです。これが与党にとって面子が立つという意味です。

野党にとって面子が立つのは、『自分たちが動いた結果、与党は政策を変えざるをえなかった』という状況です。それぞれ、面子が十分に立たないと議員の方はなかなか動いてくださらない」

なぜ天野氏たちの訴えは見直し案凍結につながったのか? ──全国がん患者団体連合会理事長・天野慎介氏インタビュー 集英社新書プラス2025年5月1日配信より

「面子と選挙」という、ある意味で身も蓋もない現実を考えると、我々選挙民の言葉がもっともよく届く相手は地元選出の国会議員、ということになるだろう。

声を届ける方法は様々だろうが、いずれにせよ地元選挙民の真摯な声は、その選挙区から選出された議員にとって軽々に扱えるものではないはずだ。そしてそれが「与党の面子」「野党の面子」を立てることに繋がるのであれば、議員たちもその声を反映すべくある程度積極的に動くことが合理的である、という判断にもなるだろう。

要するに、選挙民の意志を国会で反映させる方法は、なにも選挙で一票を投じることだけがすべてではない、ということだ。

これを書いている自分自身でも、できることは何であれやろうと考えている。署名活動などに参加することもそうだろうし、地元選出の国会議員に声を届けることもそうだろうし、そしてこのような場で原稿を書き、あるいはこの高額療養費制度見直しの問題を書籍にまとめて広く世に問うことも、それらの方法の一形態であるだろう。

自分にできることをひとつひとつ行いながら、これから始まる国会の推移を注視しようと考えている。

文/西村章

高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉
西村 章
高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉
2026年4月17日発売
1,155円円(税込)
新書判/288ページ
ISBN: 978-4-08-721407-9


医療費が高額になった場合、自己負担額を一定に抑える「高額療養費制度」。
自己免疫疾患の治療で長年この制度を利用してきたジャーナリストは、2024年冬に政府が発表した「改悪」案に不安と憤りをおぼえ、取材を開始する。
疾患当事者や研究者、政治家などの証言が浮き彫りにしたのは、健康に「格差」がある日本社会の現状や、セーフティネットとして十分に機能せず、〈世界に冠たる〉とは到底いえない医療保険制度の姿だった。複雑で入り組んだ高額療養費制度の問題を、一般書として初めて平明かつ多面的に解明する!

◆目次◆
第1章 高額療養費制度とは何か
第2章 part1 政治的・財政的背景から読み解く〈見直し〉案
第2章 part2 患者団体は〈見直し〉案凍結と変更をどう実現させたのか?――天野慎介氏に訊く
第3章  2024・2025年の〈見直し〉案をひもとく――安藤道人氏に訊く
第4章  高額療養費制度に潜む「落とし穴」を検証する――五十嵐 中氏に訊く
第5章 「魔改造」を施された日本の医療保険制度と高額療養費――高久玲音氏に訊く
第6章 part1 司法の視点から高額療養費制度を検証する――齋藤 裕氏に訊く
第6章 part2 立法の視点から高額療養費制度を検証する――中島克仁氏に訊く
第7章 「健康格差」解消のために、どのような医療保険制度を構想すればよいのか?――伊藤ゆり氏に訊く
第8章 大局的な視野から日本の医療保険制度と高額療養費制度を考える――二木 立氏との一問一答

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