戦時下の飢えと空腹の切なさ

朝ドラ『あんぱん』の脚本を手掛ける中園ミホ氏は、集英社オンラインの取材で「戦後80年の今年、朝ドラを任されたことへの想い」を記者から問われた際、こう答えた。

「反対意見もありましたが、やなせたかしさんを描くことは戦争を描くことなので、みなさんが驚くぐらい時間をかけてしっかり描きます」

その言葉通り、2週にわたってヒロイン・のぶをほとんど登場させず、兵士となったやなせたかしがモデルの嵩(たかし)目線から軍隊生活や主要戦地・中国でのシーンがつづき、アンパンマンを生むきっかけとなった戦時下での飢えや空腹の切なさが丁寧に描かれている。

太平洋戦争を扱った過去作は多数あるものの、女性ヒロインが多い朝ドラにとって、「兵士目線で戦地を描き続ける展開は非常に珍しい」と朝ドラ評論家の半澤則吉さんはいう。

「女性ヒロイン目線で、夫や婚約者や幼馴染が戦争に出征していくシーンはこれまでも描かれてきましたが、兵士である男性目線でこれだけ連続して戦地の状況を丁寧に描いた作品は、ここ数十年では窪田正孝主演の2020年度前期『エール』以外、あまり見られない展開です」(半澤氏、以下同)

特に、今作のヒロインであるのぶをほとんど登場させないという完全に振り切った演出に半澤さんは注目する。

「のぶ編は、嵩を戦地へ送り出すシーンで一区切りつけて、以降は嵩目線の戦地でのシーンが続きます。大胆に振り切った脚本は視聴者を戦争シーンに没入させる効果がありますし、こういう作り方ができるのも半年間という長い期間放送できる朝ドラならではのものです」

現在描かれている戦時下での飢えや空腹の経験が、終戦後どうアンパンマンの発想に結び付いていくのかが、今後の注目ポイントになることはまちがいない。

主要戦地・中国での飢えや空腹の辛さが描かれている朝ドラ『あんぱん』
主要戦地・中国での飢えや空腹の辛さが描かれている朝ドラ『あんぱん』