プラットフォームの権力を抑止するMIDs

 田中先生が江戸研究を始めた頃、江戸の文化を研究対象にすることは、清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気が要ることだったと著書に書かれていました。当時は江戸研究って冷遇されていたんですか?

田中 まず、学者としての江戸研究者ってあまりいなかったんです。江戸研究は好事家の世界というふうに明治以降ずっと言われてきて、好きな人が趣味でやっているものとされていた。戦後は研究者たちが出てきますが、数は少なかったですね。それからもう一つ、賞を取った時にパーティーなどで言われたのは、「あなたはナショナリストですね」と。「昔の日本を研究する人はみんなナショナリスト」みたいな偏見もありました。

 たしかに江戸時代って、「鎖国していて、封建的な身分社会で、民衆は抑圧されていて暗い」みたいなイメージが先走っていますが、先生の御著書を読めば、決してそうではなかったことがわかります。びっくりしたんですけど、江戸時代は経済成長率がイギリスに次いで世界二位だった。

だから西洋のような近代化、すなわち資本主義化をしないと経済成長はできないというのは、江戸時代を見ると「そんなことはない」とわかります。

江戸研究というと、「純粋な日本を再発見する」みたいに受け取られますけど、田中先生は『江戸の想像力』(ちくま学芸文庫)で「世界のなかでの江戸」について論じています。中国やオランダの東インド会社など、海外との積極的な経済交流、人的交流があり、江戸時代の日本は全面的に鎖国しているわけではなかった。江戸を研究することは、「海外のネットワークの中に江戸があった」ということを発見する営みだと思うんです。

李舜志氏(左:法政大学社会学部准教授)と田中優子氏(右:法政大学名誉教授)
李舜志氏(左:法政大学社会学部准教授)と田中優子氏(右:法政大学名誉教授)
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田中 本来、人と同じように、国というのもネットワークの中で存在するはずなんです。それを否定してしまうのがナショナリズムであり、今トランプがやろうとしていることはそれに似ている感じがする。EUからイギリスが離脱するような動きもそう。「ネットワークを切っていくと問題が解決する」と思っている。それはないだろうと私は思いますが。

だから「第三の道」であるPlurality(プルラリティ)というのは本当に面白くて、しかも実際に試みられていることとか、具体的に提唱されていることが、この本には幾つも挙げられている。例えCOST(Common Ownership Self-assessed Tax, 共同所有自己申告税)の制度とか、これはまだどこでも実施していないですね。

 そうですね。ただ、台湾では孫文がこれに近い制度を提案しました。COSTの理念である「財産の共同所有」の思想は、ヘンリー・ジョージという百年以上前の人が提唱して、ジョージズムとして受け継がれています。アメリカでも最近、公平な富の分配のため、「どうすればいいか」という議論が注目を集めています。

田中 それから、MIDs(Mediators of Individual Data 個人データの仲介者たち)。今はプラットフォームが寡占的に個人データを集めているから、ものすごく乱暴なやり方だと思います。公正を期すためには、そこにデータを取り継ぐ「仲介者」が必要で、これも江戸文化の「あいだ」の問題なんです。二項対立的な構造に「あいだ」をつくっていくという発想はやはり大事で、しかも新しいと思うんですね。

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 個人とプラットフォームの「あいだ」って本当に大事で、たとえばプラットフォーム上でヘイトスピーチがそのままになっているとか、フェイクニュースが蔓延しているとなった時に、現状ではプラットフォームに規制をお願いする形になる。

トランプが政権に就く前は、一応プラットフォーム側も規制していたけれど、そのことによって結局、プラットフォームの権力が肥大化していた。ですから、プラットフォームの権力の肥大化を防ぎ、人々の「フェイクニュースなんてもううんざりだ!」という声が届く仕組みとして、個人とプラットフォームの間に仲介者の機関を置く必要があります。

田中 このMIDsという仲介者のイメージですが、巨大プラットフォームではないとすると、仲介者として働くデータ労働者がいると考えていいんですか?

 そうです。

田中 もう出てきていますか?

 データ仲介者という考え方自体は、インターネットに関する法律の中で出てきています。ただ実装するにあたっては、やはりデータの扱い方の問題など、まだまだ考える余地は残っているという感じです。でも動き始めてはいます。