QVという分散型投票システム
李 実際の政治に反映されつつあるものとしては、Pol.isよりむしろ、QV(Quadratic Voting 二次の投票)という投票を分散させるシステムですね。従来の選挙はひとり一票のシステムですが、QVでは市民一人ひとりに、投票用の予算である「ボイスクレジット」が与えられて、クレジットの平方根にあたる数の票を購入することができます。
たとえば環境問題に強い関心がある人は81クレジットで9票を買うことができるし、環境問題より少子化問題の方に関心がある人は、16クレジットで環境問題に4票、64クレジットで少子化問題に8票というふうに購入して、自分の持っている票数を、複数のイシューに振り分けることができます。
このQVは、アメリカのコロラド州で民主党の議員団が実施しています。ただ投票結果による提案を、最終的に州知事が受け入れない可能性もあります。ですから、QVを政治に即反映するということは難しいかもしれないけれど、他方でQVによって「民意」というものが可視化されるので、それを無視するのは、首長としても結構な説明責任が生じると思います。
田中 たとえば今動いている社会運動として、審議にかける間際に来ているのが、選択的夫婦別姓問題。アンケートなどを取ると、「選択的なんだからいいでしょう」と言う人は相当いるわけです。相当いるんだけれども、自民党内で賛否が割れていますから、「審議にかけられません、議案になりません」という話になってしまう。
それで、反対している人の考え方が言葉として伝わってくるのですが、言葉の意味がよくわからない反対理由なんです。「日本の国体がなくなる」とか、ほとんど意味がわからないですよ。だからその言葉の奥に、実際には何が潜んでいるのか? 本音のところにはどういう恐怖感があるのか?
そういうものをもっと感じることができれば、それに対して「いや、そんな怖いものじゃないんですよ」とも言えるんだけれども、現状では本当に表面的な言葉でやり取りしてしまうことになるので、熟議ができない。
李 おっしゃるとおりで、たとえば自分が選択的夫婦別姓を支持している場合でも、反対している人たちを、「あいつらはおかしい」と言って一蹴するのは、民主主義国家の成員として間違っています。そこで、「どうやって自分と意見が違う人たちの意見を知るか?」という問題が出てきますが、SNSは対立を顕在化させるだけで、全く使い物にならないじゃないですか。
田中 そうなんです。言葉が遊んでいるだけで、真意がわからない。議論にならない。
李 なので、やはりいろいろなテクノロジーを活用する必要があって、例えばPol.isだったら、「ここは賛成派、反対派の間でも共通している部分だよね」というところが見つかれば、そこをきっかけに、賛成と反対の立場を超えて、夫婦別姓そのものについて話し合うことができるかもしれない。
そしてアンケートで賛成している人は多数なのに、選択的夫婦別姓がなかなか審議されないという田中先生のご指摘は、現状では「選択的夫婦別姓」というイシューがそこまで優先されていないからだと思います。「それよりもまず経済、インフレ対策」みたいに、緊急性のある問題に埋もれてしまっている。
QVはイシューごとに自分の持っている票を配分できるから、選択的夫婦別姓によって害を被る人たち、主に若い女性が多くの票を投じることが可能になります。今の選挙システムでは、選択的夫婦別姓について賛否を問うというより、「自民党か野党か」みたいな選択肢しかないんですよね。
田中 そうそう。それしか選択肢がないって変よね。
李 選択的夫婦別姓に賛成する人って、結構若い人が多いと思うんですけど、若い人たちは選挙に無力感を覚えています。選択的夫婦別姓を含めた、いろんな個別のイシューに対して意見はあるんだけれども、投票しても変わらないし、ある問題に関して支持している候補者がいたとしても、「でもこの人は選択的夫婦別姓は反対しているんだよな」となると、「もういいや」となってしまう。そこをどうやってエンパワメントするかということで、今回の本で紹介しているテクノロジーが使える時代が、来るのではないかとは思います。
そしてQVが大事なのは、ボイスクレジットという投票のポイントがあるので、たとえば選択的夫婦別姓に全部のポイントを使ってしまうと、他の政策には投票できなくなるんです。ポイントが限定されていると思うと、「選択的夫婦別姓には8票、残りの4票をどの政策に投票しようか」という具合に、他の政策もチェックするインセンティブが働きます。「もっと公教育に力を入れてほしいから教育問題に2票、インフレ対策もやはり大事だから経済対策にも2票」みたいな感じで分散的に投票できるし、いろいろなアジェンダに接する良い機会にもなるんです。