プルラリティは憲法改正に匹敵する

書籍『PLURALITY』を一読した感想を述べる。

はっきり言おう。プルラリティという改革構想は憲法改正に匹敵する。否、今の日本の憲法改正論の水準に照らせば、はるかにラディカルであり、ずっと検討するに値する提案だ。

法学者の駒村圭吾氏
法学者の駒村圭吾氏

本来、憲法改正に先立って、≪この国の将来像をどのように構想するか≫というクリエイティブな議論が行われるべきである。そのようなクリエイティブな社会構想がまずあって、次に、それを実現するためには憲法のどこを改める必要があるのか…という順序でことは進むべきなのである。

プルラリティはそのようなクリエイティブな改革提案の有力候補だ。まず、これを真正面から議論して、憲法が定める統治上の約束事を変えなければならないとなれば改憲をし、そうでなければ憲法は放っておけばいい。

今の改憲論は、まるで、病状も明らかにしないまま、患者のウェルビーイングも脇に置いて、「まあ、とにかく手術しましょう」と勧める医者みたいなものである。

病気を治すために手術(改憲)するのではなく、手術するために病気を探しているのである。プルラリティはそうではない。病状を特定し、社会のウェルビーイングのかたちをしっかりと提示し、テックの力を借りて自然治癒力(自己統治能力)をまずは鍛えてみて、どうしても必要なら手術(改憲)をやりましょう……。こういうことである。

これこそ、本当の意味で統治のあり方を根本的に考えることであり、真の憲法論ではないか?