「最初にキャラクターから考える」

アニメーション映画におけるキャラクターは、実写映画における俳優のキャスティングです。つまり、作品の最も重要な要素、登場人物が魅力的か否かはキャラクターデザインの質に左右されるわけです。

シナリオを読み、キャラクターを造形していくうちに、やなせたかしは気づきます。

「キャラクター・デザインというのはいくらか自分に向いているのではないか」(同)

シナリオを読んでいくと、登場人物の顔つきが自然に浮かんできて、自分の中で生命を持った実像になっていく。自身でもびっくりするほど、キャラクター造形のアイデアが湧いて出てくる。描いたキャラクターが自分の中で生命を宿すと生き生きと動き出し、作者であるやなせたかしの想像を超えるほど育っていく。

たとえば、盗賊の娘マーディアは最初は平板なキャラでした。ところが、造形していくうちにどんどんキャラクターとしての陰影が濃くなり、重要な役に変化していく。まさにキャラクターが作者の手を離れ、勝手に育つ。

後年、アンパンマンの新作を描く時について、やなせたかしはこう明かしています。最初にストーリーは「ほとんど考えない」「キャラクターのほうを一生けんめい考える。そして顔ができて身体ができて性格ができる」「次に背景を考える。山とか川とか森とか、海とか空とか……」「するとストーリーのほうは自然にできてきます」(『ボクと、正義と、アンパンマン』PHP研究所 2022)

2300を超えるキャラクターを誇り、ギネス記録を持つアンパンマン。200体以上も生み出しているご当地キャラクターのデザイン。1970年代から2013年に亡くなるまでの間、やなせたかしの仕事の中枢にあったのが、新しいキャラクターを創造することでした。そんなやなせ流のキャラクター創造術は、「千夜一夜物語」の制作中に培われたものだったのです。

文/柳瀬博一 写真/shutterstock

現在、朝ドラ「あんぱん」でやなせたかしの生涯が描かれている
現在、朝ドラ「あんぱん」でやなせたかしの生涯が描かれている
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『アンパンマンと日本人』(新潮社)
柳瀬博一
『アンパンマンと日本人』(新潮社)
2025年3月17日
968円(税込)
208ページ
ISBN: 978-4106110801

乳幼児の人気は不動のトップ、アニメや本におもちゃや食品など関連グッズを含めれば今や9兆円の巨大ビジネス。おなかが空いた人に自分の顔を食べさせる不思議なキャラクター、アンパンマンはどのように誕生し、国民的ヒーローとなったのか。愛する人たちとの別れ、過酷な戦争体験、幾多の天才からの高い評価、最愛の妻の支え……生みの親である漫画家やなせたかしの生涯をたどりながら、その秘密を解き明かす。

【目次】
第1章 世界6位、7兆円の巨大ビジネス
平成以降のヒーロー/テレビアニメで大ブレイク/不動のナンバーワン人気/学生の88%がアンパンマン消費者/日本限定なのに世界6位/本格化する海外展開/「幼児は大人のグループの中にいる」/妻・暢への感謝と鎮魂etc.

第2章 高知の自然とデザインと死と
愛する肉親たちの相次ぐ死/東京高等工芸学校で学んだ商業美術/学校と銀ブラで身につけた現場主義/生涯の伴侶、小松暢との出会い/三越の包装紙と「まんが入門」etc.

第3章 アンパンマンはこうして生まれた
中国戦線、仲間の死、紙芝居/「喰わないと死ぬ」という当たり前/敗戦とともに消えた「正義」/正義は逆転するが、空腹は真実/向こう見ずなロイス・レイン=小松暢?/中年スーパーマン「アンパンマン」誕生/顔を食べさせるという発明/「残酷」「くだらない」評判は最悪/敵役「ばいきんまん」誕生/そして奇跡が始まった/発見したのは幼児たちetc.

第4章 天才たちが愛した天才、やなせたかし
「遅すぎた」ではなく「早すぎた」天才/自宅に押しかけた永六輔/宮城まり子の舞台衣装/いずみ・たくと「手のひらを太陽に」/若き向田邦子と「父の詫び状」の挿絵/サンリオの創始者、突然の来訪/手塚治虫と「千夜一夜物語」/詩を「普通の人々」とつないだ『詩とメルヘン』/アンパンマンは、やなせたかしだったetc.

第5章 「困った人を助ける」利他的本能
「お客さん」がいるかいないか/ご当地キャラは全国で200/震災で注目された「詩」の力/アンパンマン=人工知能=AI?/人間にある普遍的な利他性etc.

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