コミック雑誌なんていらない

「あれは「恋」だったのだろうか。3年付き合って、4回浮気された交際相手がいた。毎回別れるときは電話がかかってきて、「あのさ、好きな男ができたから、あなたとは別れたから」と過去形で伝えられた。

僕は完全に彼女の魅力に飲み込まれていたので、「ああ、そうなんだ。了解です」と抗う術もなく返し、毎回電話でフラれた。なにが「了解」だ。ビジネス電話か。そして毎回、半年くらいすると、彼女は新しい男に捨てられ、改めて電話がかかってくる。

「いまなにしてるの?」いつも一言目はそんな感じだった。

「いや、別に」ボクはそう電話で素っ気なさを演出しながら、もうちょっとでいい仲になりそうな女性の部屋にいて、ユニットバスに抜き足差し足、移動して、会話をつづけたこともあった。

「ね、今度、前に行った渋谷のレストラン行かない?」

彼女は電話口で呑気に言ってくる。そんなやり取りを、何度か繰り返すことで、これが彼女が戻ってくる合図なんだということを、バカな僕でも学習した。

彼女と一緒にいると、なにか盛られたんじゃないのか? と思われるほど、僕はずっと笑っていた。彼女は、笑いのツボ、驚くツボが人とはまったく違っていて、映画館でホラー映画を観ていたとき、見当違いの場面で「ギャー!」とひとりだけ叫んで、周りを驚かせたかと思うと、ものすごい陰惨なシーンで大爆笑したりする。

見ていてまったく飽きなかった。

「恋は病に似ている」と中島らもは言っていたが、症状としては、ワライダケに似ている気がする。そして、恋はワライダケ同様、最後は死に至ることさえある危険な病だ。

27時過ぎの磯丸水産での会話は失恋話が8割? 男がついつい思いがちな「もしもう一度、彼女とやり直せたら」_1
すべての画像を見る

前言を撤回することになるが、いま改めて振り返ると、彼女は本当にそんなに面白かったのか? と疑問に思うことがある。でもそれこそが、恋という正体不明の病なのかもしれない。

美人で面白くてノリがいい子だから恋に落ちるわけじゃない。

恋という病にかかってしまったら、誰かから見たら平凡で普通なあの子が、美人で面白くてノリがいい子に見えてしまうのだ。