パラスポーツは社会を変える
パラスポーツのアスリートを伝える時も、基本は同じだ。選手たちの肉体から逃げない。正面からそれを伝える。そして、メダル獲得だけではなく、自分自身のこれまでの限界、自分を超えた瞬間を伝える。それがパラスポーツならではの価値だからだ。
さらには、パラスポーツは社会を良い方向に変えていく力があると考えている。
「パラスポーツの競技力が向上して、パラリンピックで活躍して、世界で認知されることは大切です。しかし、それはゴールではない。老若男女、性別、宗教、肌の色の違い、障害の有無、障害といっても発達障害もあれば知的障害もある。そんな多様な人たちが、それぞれの個性が尊重されて、社会に受け入れられていく。今の日本では『ダイバーシティー・アンド・インクルーシブ社会』なんて言うけど、そんな社会がいつ実現できるかわかりません。ですが、大事なのは、そのベクトルに向かっていく“歩み”ではないでしょうか」
目標を持つ姿が人の心を打つ
田中氏は、現在はWOWOWの経営陣の一人として会長職に就いているため、番組制作の現場からは離れている。一方で、23年6月からは、それまで理事を務めていた車いすバスケットボール連盟の会長に就任した。現在は、車いすバスケを「する人」「みる人」「ささえる人」を増やすことを目標に掲げ、2030年までに選手やスタッフの登録者を1500人、車いすバスケ天皇杯の観客動員数1万人、サポーター会員1万人、スポンサー企業を10社増やすことを目指している。特に、子どもたちに車いすバスケを体験してもらう機会を増やすことを重視している。
「最初は『東京パラリンピックの中継をどうするか』というテレビ屋としての発想しかなかったのが、だんだんとパラスポーツが、今の時代に必要な社会課題を克服する力があると考えるようになったんですよね。それを実行するには、子どもたちへの教育と地域に根ざすこと。それが大切で、30年後の社会へのプレゼントになると思ってます」
それが田中氏にとっての「新しいフィロソフィーなのか」とたずねると、笑いながら「まあ、後付けだけどね」と答えた。そして、こう付け加えた。
「僕は信じているんです。スポーツの本質を伝え続けていけば、みんな気づいてくれると」
パラスポーツの魅力とは何か。スポーツ中継のプロとして探究を続けてきた田中氏が、それを象徴するものとして紹介してくれたのが、パラ水泳で13個の金メダルを取った南アフリカのナタリー・ドゥ・トワの言葉だった。
「私自身、自分より重い障害のある選手の姿に心を打たれる。これがパラリンピックに参加し続けたい理由だ。人生の悲劇とは、生涯で自分の目標が達成できないことではない。悲劇とは、目指す目標を持てなくなることだ」
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▶第2回 『WHO I AM』を作り続けるWOWOWが伝えたいパラスポーツの真髄 を読む
写真/越智貴雄[カンパラプレス]・ 文/西岡千史