母が出産しました

頻繁にかかって来ていた恵理子からの電話が途絶えてから、1年が過ぎた頃、突然、悠馬から電話があった。

「阿部先生、どうか驚かないで聞いて下さい……」

悠馬のかつてない慎重な話し方に、私の頭には、恵理子が自殺したのではないかという不安が過った。

ところが、

「母が出産しました……。僕の子どもです……」

私は言葉を失った。

その後、恵理子は悠馬を追いかけ回すことはなくなったが、「死にたい」と頻繁にメールを送ってくるようになっていたという。

「このままだと、僕は殺されると思いました……。母がひとりで死ねるはずはないんです……。僕を必ず道連れにするはずだって……」

悠馬の声は震えていた。悠馬が感じた恐怖は、母と連れ添ってきた息子でなければわからないものなのかもしれない。

「僕は医師なので、命を救うのが使命です。死なれるくらいなら、命を授けようと思ったんです」

「母が出産しました。僕の子どもです」なぜ息子との性交を回避できなかったのか…背景にある、妻は息子を産む道具とみなしていた医師の夫の存在_1
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悠馬は母親を受け入れ、恵理子は妊娠したのだった。高齢出産や遺伝学上のリスクは承知の上だった。

父親は知っているのかと尋ねると、母親との関係について、既に父親に相談済みだという。

父親にすべてを打ち明けても、父親は全く動揺しなかったというが、これほどの異常事態に、驚きもしないとは到底考えられない……。私は恵理子から聞いた夫の話を思い出し、もしかして、夫も母親と同じことをしていたのではないかと疑った。