姉妹の秘密
地域の名士である武山信夫(55歳)の葬儀には、多くの地域住民が参列していた。
「まだお若いのに……」
「これからって時にね……」
ハンカチで目頭を押さえながら、突然の死を悼む人々の様子に、娘たちは冷めた視線を送っていた。
慈善活動家として尊敬を集める姿とは裏腹に、家庭での信夫は、妻子を奴隷のようにこき使う獣のような男だった。誰かこの男に裁きを下して欲しい──。娘たちは幼い頃から密かにそう祈り続けてきた。
武山愛(25歳)は、武山家の長女で、長男と妹の恵(23歳)の3人きょうだいで育った。
父親の性暴力は、愛が14歳になる頃から始まっていた。
「女の身体になってきたな」愛は父の書斎に連れて行かれると、服を脱ぐように言われ、体中を触られるのだ。
父親は仕事柄、いろんな人をよく自宅に招いていた。むしろ家族だけになることの方が珍しく、子どもたちにとってはそれが救いだった。
来客のない日、父は機嫌が良ければ愛を風呂に誘って性的な行為を強要し、機嫌が悪ければ母親や長男に暴力を振るうのだった。
長男は父親の教育により、中学生までは生徒会長を務めるような優等生だった。本来、リーダー的な役割が向いているとは思えないが、長男である限り、父の命令に背くことはできなかった。
明るかった長男に陰りが出てきたのは、高校に進学した頃からである。体格も大きくなり、時には父親にまで反抗するようになっていた。
父が不在の時は、長男が家で暴れるようになり、家庭は荒んでいった。
愛は、一刻も早く家を出たいと考えるようになっていた。高校卒業後は、武山家と昵懇にしている家の5つ年上の息子と交際し、結婚の許しをもらうことを考えた。
愛が成長するにつれて、父親の性暴力もエスカレートしていた。愛は、父に処女を奪われるのも時間の問題だと感じ、早く結婚相手を見つけてしまいたかった。父親以外であれば、誰でもいいとさえ思った。これ以上、父親に汚されるのだけは何があっても避けたかった。
愛は、計画通りに交際相手と結婚し、家を出ることになった。ところが数年後、ある日突然、長男が亡くなったという連絡が入り、実家に戻ることになった。
弟の死因は自殺である。無理もない……。長男の生きづらさを間近で見てきた愛はそう思った。
地元の名士の息子が自殺など、世間体が悪いなんてものではない。父親は悲しむどころか、事実を隠すことに必死になっていた。