叱る指導ではオリンピックでメダルを取れる選手は育たない? 「勝つためには苦しい思いをしなければならない」と思い込んでいた元女子バレー日本代表・大山加奈に、怒らない指導者が教えたこと
元女子バレーボール日本代表の大山加奈氏は、高校時代に「怒らない指導者」小川良樹監督に出会う。大山さんが「怒ってくれたほうが楽だと思うこともあった」と述懐する小川監督の指導法とは? スポーツ指導の要諦について、臨床心理士の村中直人氏と語り合う。
本稿は、村中直人著『「叱れば人は育つ」は幻想』から一部を抜粋・編集したものです。
『「叱れば人は育つ」は幻想』
「甘い指導」と思われたくなくて、インターハイ、国体、春高バレーの三冠
大山 荒木は高校から、木村は中学から一緒です。ただ、荒木も中学生時代からバレーボール協会の有望選手合宿などで顔を合わせたりしていましたが。小川先生は「将来を期待されている選手たちを潰すわけにはいかない、バレーボールを嫌いにさせずに卒業させなきゃいけない」と思ったんだとおっしゃっていました。
村中 なるほど。だから、きちんと休みの日を設けるとか、無理な練習はさせないとか、体のコンディションに配慮した練習メニューを考えていらしたんですね。
大山 そうだと思います。それぞれに合ったトレーニングで体づくりができるようにしてくれていましたし、一人ひとりのことをとてもよく理解してくれていました。
すべての画像を見る
村中 強豪チームとしては勝たなければいけないけれども、同時に、将来有望な選手たちをどう育てるのがいいのか、中長期的に見据えた指導をされていたんですね。いい指導者ですね。
大山 はい。だから私たちも、「甘い指導だ」などという言葉をはねのけて絶対に勝たなくちゃ、という気持ちになりました。結果として、インターハイ、国体、春高バレーの三冠を獲得することができたんです。
小川先生は2023年3月に監督を勇退されましたけど、全国制覇12回、Ⅴリーグに30人以上の選手を送り出しています。
先生のおかげで、ずっとバレーボールを好きでいつづけられて、長くつづけている人が多いんです。ですから、これからは私たちが先生のマインドを受け継いで、いろいろなかたちで次代につないでいけたらいいな、と思うんですよね。
文/村中直人 サムネイル/写真:アフロスポーツ
『「叱れば人は育つ」は幻想』 (PHP新書)
村中 直人
2024/7/17
1,243円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4569853826
脳・神経科学などの知見から、著者は、叱ることには「効果がない」と語る。
叱られると人の脳は「防御モード」に入り、ひとまず危機から逃避するために行動を改める。
叱った人はそれを見て、「ほら、やっぱり人は叱らないと変わらない」と思ってしまうのだが、叱られた当人はとりあえずその場の行動を変えただけで、学びや成長を得たわけではないのだ。
そして厄介なことに、人間には「よくないことをした人を罰したい」という欲求が、脳のメカニズムとして備わっているため、叱ることで快感を得てしまうのである。
では、どうすれば人は成長するのか。本書は臨床心理士・公認心理師で、発達障害、不登校など特別なニーズのある子どもたち、保護者の支援を行ってきた著者が、
「叱る」という行為と向き合ってきたさまざまな分野の識者4人と、叱ることと人の学びや成長について語り合った一冊である。
1人目は元東京都千代田区立麹町中学校校長で、「宿題廃止」「定期テスト廃止」「固定担任制廃止」などの学校改革を実践した工藤勇一氏。工藤氏は、叱責ではなく問いかけを糸口にして対話をしていく方法」として「①『どうしたの?』 ②『きみはこれからどうしたいの?』 ③『先生に手助けできることはある?』」の三つの言葉を学校の教員に伝えてきた、と説く。
2人目は企業・組織における人材開発・組織開発について研究している立教大学経営学部教授の中原淳氏。部下指導の際に、叱責ではなくフィードバックというアプローチを行うことを提唱している。フィードバックとはまず、相手にとって耳の痛いことであっても率直に伝える「現状通知」を行い、その後に「立て直しの支援」を行うというものである。
3人目は元女子バレーボール日本代表の大山加奈氏。日本代表合宿の練習で怒声を浴び続け、心のバランスを崩し、不眠や激しい動悸に苦しみ、ひどいときには目の前が真っ暗になって倒れるまでになったという。「勝つことだけがスポーツの価値ではない、子どもたちには笑顔でスポーツに親しんでほしい」と語る。
4人目は、編集者で株式会社コルク代表取締役社長の佐渡島庸平氏。そもそも人を叱らなければならない状況に陥るのを防ぐ「前さばき」について取り上げ、幸福度を上げる「三角形のコミュニーション」について紹介する。
単に「叱る」「叱られる」の関係だけではなく、広く人と人とのコミュニケーションにとって大切なことは何かを問う一冊である。