映画で描かれる「対立」と未来へのかすかな「希望」(ネタバレ注意)

汚職を追及されていた前任者の急逝で臨時市長になった理想化肌の医者ピエールは、移民たちの生活改善のためと信じて老朽化した団地を立入禁止とし、団地を取り壊しての再開発を進めようとする。しかし、家財道具もろくに運び出せないまま、クリスマスに追い出される形となった移民、とくに若い世代の者たちは激怒する。

アフリカのマリにルーツを持つアビーは居住棟エリアの復興と治安改善を目指している行動派の若き女性だが、そのボーイフレンドのブラズは、怒りのあまり市長の自宅に押し入り、市長の幼い子らを人質にとり、「家に火をつけて路頭に迷わせてやる」と息巻く。

© SRAB FILMS - LYLY FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023
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本作には、明確な悪役がいるわけでなく、誰もが自らの信じる正義のために行動しているにもかかわらず、ボタンのかけ違いから緊迫の度合いを増していく。

ラジ・リ監督は、前作『レ・ミゼラブル』(2019)でもバンリューの犯罪多発地帯を舞台に、そのエリアを取り締まる犯罪防止班と少年たちの対立を臨場感たっぷりに描き出し、カンヌ国際映画祭審査員賞など数々の賞を獲得した。本作のような問題はパリ郊外の多くの団地で実際に起こっている現実を白日の下に晒している。

ただし、本作では決定的な対立による悲劇的結末を描く代わりに、アビーが新たな市長に選ばれてこれから何かが変わっていくのではないか、というかすかな希望を感じさせて幕を閉じる。本作が、オリンピックを控えるフランスが隠しておきたい自らの恥部を描いていながら、日本公開に際して在日フランス大使館が後援に名を連ねているのも、おそらくは監督のそうしたスタンスゆえのことだろう。