田村泰二郎という俳優の持つ肉体のリアリティ
監督の東海林毅は、短編ながら劇場公開された『片袖の魚』(2021)で映文連アワード準グランプリに輝いた気鋭のクリエイターで、バイセクシュアルであることを公表している。LGBTQ+(性的マイノリティ)を映画というメディアがいかに描いていくべきか、誰よりも真剣に考え、実践してきた人。単なるポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)とは一線を画した性的マイノリティ表象への想いをインタビューした。
『老ナルキソス』は、「ゲイ」という呼び名もない時代から日陰者として生きてきたナルシストの老絵本作家と、すでに性的マイノリティが可視化された“LGBT世代”の若きウリセンボーイが主人公。世代や置かれた社会背景が違う男性同性愛者たちを通し、家族にまつわる物語を丁寧に描いている。
2017年の同名の短編をベースに、改めて長編にヴァージョン・アップさせることで成立した本作。元の短編は国内外映画祭で10冠を達成するなど高い評価を得たが、短編に引き続き長編でも主役の山崎薫を演じているのが個性派俳優、田村泰二郎だ。
田村泰二郎といっても知っている人はほとんどいないかもしれない。というのも、彼は元々「状況劇場」所属の舞台俳優から舞踏の道に進んだ人で、映画への主演は今回が初めてだからだ。
しかし、舞踏で鍛えたその身体は、山崎という人物のストイックに身体を律してきたナルシストとしての側面と、それでいて加齢による身体の衰えという現実に直面する、という両面に対してリアリティを感じさせる。ある意味で、この俳優をキャスティングできた時点で本作の成功はほぼ確定したとさえ思えるほどだ。
「元々の短編では、裸のシーンも多いし、スパンキングのような特殊なシーンもあったので、何人かの俳優さんに断られました。高齢の俳優でやってくれそうな、しかもきちんと演技力のある方を探すのは大変でした。
そんな中で、いろんな映画で端役をやられていた田村さんに注目しました。特に、ミシェル・ゴンドリー監督の『Tokyo!』(2008)で女装のゲイをやられていて。山崎という役はどこか嫌味なところがある役柄ですが、ひょうひょうとそれを演じられて、かつ愛される役者さんは実はいそうでいないんです」(東海林毅監督、以下同)
ゲイが置かれる現実はもちろん、男性同性愛者同士のセックスシーンも丁寧に描いている本作。監督がバイセクシュアルだからこそ、徹底的にこだわって描いたことがうかがえる。
短編は山崎とレオのふたりだけの話だったが、長編化に伴い、レオの私生活上でのパートナーの男性・隼人という存在が加わった。そのことで、同じゲイであっても家族観やパートナーシップ制度に対する考え方などが人によって異なり、微妙にスレ違いが生じるというリアリティが付加された。
「政治的なスタンスなどは、当事者であってもみなさん全然違います。パートナーシップ制度ができて嬉しい人がいる一方で、法的に保障されたわけじゃないのだからそんな制度は意味がないという人もいる。日本のゲイ映画やBL映画でそこまで踏み込むことはなかったけれど、自分としてはそういうところをきちんと描きたいと思っていました」