心が離れた人と夫婦でいることが
責任ある行動とは思えない
内緒で昔の彼と会う。普通の感覚だと葛藤や後ろめたさがあるはずだが、彼女にそんな思いはまったくないようである。むしろ、相手は今も私のことが気になっているはず、との自信すらあったようだ。
このポジティブさ、言い方を変えれば図太さが、彼女の最大の武器でもあるのかもしれない。
そして、実際その通りだったという。
「やっぱり彼、ずっと私のことが忘れられなかったみたいです。前よりもっと綺麗になったとか、あの時意地を張らずに強引に引き留めればよかったとか、いろいろ言ってくれました。彼、奥さんとあまり上手くいってないらしくて、そのタイミングで私から連があったから、これは運命かもしれないって思ったようです。私も月日はたったけれど、会ってみるとそんなに離れていたような感じがしなくて、瞬く間に距離が縮まりました。それで二度三度と会ってゆくうちに、結局、私たちはこうなることが決まっていたのかもしれないって思うようになったんです」
しかし、男は口でどれほど上手いことを言っても、そう簡単に家庭を捨てられない。
「私もそう思っていたんですけど、付き合い始めて1年もしないうちに、本当に彼は離婚したんです。すぐに彼から、娘も引き取るし、慰謝料も全部払うから結婚して欲しいって言われました。それで私も決心がついて、夫に離婚を切り出したんです」
出来るものなら、ここらで泣きを見る目に遭って欲しいところだが、そうならなかったのは世の不条理というもの。
とはいえ、あなたはそんな簡単に離婚できないのでは?
「夫に切り出したら、青天の霹靂だったようで、それはもう罵倒されました。人として、親として、責任というものをどう考えているんだって。あんな激昂した夫を見るのは初めてでした。その様子を見ているうちに、ますます気持ちは冷めていきました。それで私、言ったんです。心が離れた人と夫婦でいることが責任ある行動とは思えないって。私は自分に正直に生きてゆきたいって」
まったく夫に同情する。浮気する自分を正当化するために、こんな青臭い理屈をしゃあしやあと述べる妻とどう向き合えばいいのか。しかし、こんな女を選んだのも夫である。
そして、過去を蒸し返すようだけれど、夫にもあの時、婚約者がいながら他の女に心を動かされたという前科がある。
今付き合っているのはカフェのバイト
「半年ほど揉めに揉めて、最終的に夫はこれは報いなのかもしれないって言い始めました。そして、心のどこかで、いつかこういう日が来るんじゃないかって思ってたって」
その冷静さを結婚前に持ち合わせていたら、夫もこんな羽目には陥らなかっただろうに。それにしても、その時の夫の絶望感というか、虚脱感というか、想像に難い。
「離婚が成立してすぐに彼と一緒に暮らし始めて、100日間の再婚禁止期間の後入籍しました」
娘さんの反応はどうだった?
「最初は戸惑っていたようですけど、彼にいろんなもってもらったりしているうちに、いです。2年後には息子も誕生して、私もそれをきっかけに家庭に入って、今は家族4人、とても仲良く暮らしています。彼、結構収入もいいので助かっています」
今の結婚に満足している?
「もちろん。これからも家庭を大切にしていきます」
いろいろあったけれども、収まる所に収まったわけだ。まあ大団円としておこう。
じゃあそろそろ、と、話を切り上げようとしたところで、彼女が言った。
「でも、どんなに幸せでも、恋愛体質って治らないんですよね」
思わず彼女の顔を見直した。もしかして、今も恋愛をしてるの?
「だって、恋愛って事故に遭うようなものでしょう。そんなつもりじゃなくても、出会ってしまったら、どうしようもないじゃないですか」
そうして彼女は、今付き合っているカフェのバイトの男の子、その前のスポーツクラブのマッチョマン、前の前のママ友のパパの話をしたのだった。
少しも悪びれずに。むしろ無邪気に、自慢げに──。