解離性障害の背景にある激しい虐待
ほかにも、解離性障害によるエピソードをいくつか挙げる。
ある女性は、台所で食器を洗っていた。窓から見える高層マンションを、ぼんやりと眺めていた。
「あそこから落ちれば終われる」
その日は不意に、そんなことを思っていた。
寒い冬の日だった。気がつくと、ジーンズを穿いて、下着のうえに半袖のTシャツしか着ておらず、化粧もせず、裸足で、その高層マンションの最上階の外階段に立っていた。柵を乗り越えようとしているところで気がついた。
「普段は絶対に化粧をして外出します。それに、この季節なのに半袖なんて着るわけがないじゃないですか。しかも裸足。食器を洗って、それから部屋を掃除しようとしていたところまでは、覚えているんです」
そう報告してくれた。
また別の、ある男性の話。
「気がついたら病院にいて、『死ぬところだったんですよ!』って言われてびっくりしました。輸血をたくさんしたみたいです。公園にいたところまでは覚えています」
救急隊の話によると、公園のベンチに座っていた彼は、おもむろに立ちあがって喉を刃物で切り裂いたらしい。それを目撃していた通行人が通報した。
そこまで激しいものではなくても、気づくと雑踏のなかに立っていたとか、コンビニにいて買い物をしていたとか、日常生活のなかでの解離性障害の報告もある。すべてが死に関連づけられるものではない。
彼ら彼女らに共通していたのは、幼少期からの激しい虐待であった。
#1 自殺を企てた本人にその記憶がまったくない…「物忘れ」では説明のつかない解離性障害はなぜ引き起こされるのか?
文/植原亮太 写真/shutterstock