人間を取り戻す道
私は、本書のもとになる作品を第18回開高健ノンフィクション賞の最終候補作の一つとして読んだ。それからブラッシュアップされて、まさにこの時代に読まれるべき大切な一冊になったと感じる。
本書が衝撃的なのは、そこに描かれている実態が現代社会から隠れてしまっているからである。例えば、人間関係や生活がうまくいかない人がいたとする。その背後に児童虐待があるかもしれないことに私たちはなかなか気づかない。「がんばって」という言葉よりも「がんばってきた」がふさわしい場合にも、親子の間での愛着関係の欠如が根本原因であるということに思い至らない。
解離性障害、パニック障害、そして燃え尽き症候群などの治療においては、本来、その人の生育歴を考慮に入れた全人的なアプローチが望ましい。ところが、支援者、専門家、治療者の理解がなかなか至らない。薬物治療は時に必要だろうが、限界もある。十八歳になると保護対象の「児童」では原則なくなるという制度上の問題もある。社会全体として、いろいろなことが欠けてしまっているのだ。
子どもの発達にとって親が与える安全基地が必要というのは脳科学の常識である。しかし、親子間で愛着関係をうまくつくれない場合がある。その結果生まれる困難は目に見えないものだけに、寄り添うには想像力がいる。いったん立ち止まって考える、そのような精神の深みを現代は忘れてはいないか。
親の子どもに対する虐待の本質は、「無関心で共感しない」ことにある。しかし、本書で記述される「虐待サバイバー」たちに対する世間の態度は、同じような問題にあふれている。他者という存在のありかたを想像し、寄り添うことの大切さを我々は見失いがちだ。
過去へさかのぼっての自己理解は現在を豊かにし、子どもの育みは未来へとつながる。「回復とは自分を深いところで理解すること」であり、「変わるべきなのはわたしたちの意識」だとする著者の根本態度は信頼できる。困難な現代において人間を取り戻す道がそこにある。