ジョン・カーペンターという監督
肘から先を失った医師は昏倒し、食いちぎった腕を咀嚼する胴体に開いた巨大な口の中から、細かい触手がヒュルヒュルとのたうちながらあふれ出たかと思いきや、臓物のような何かが吹き上がります。天井に張り付いたそいつは、蜘蛛のような細い足でぶら下がり姿勢を保ちながら一同を睥睨します。
芋虫のような胴体の先端には、患者と同じ顔がついていますが、その表情は憎悪に満ちています。さらに臓物を失って残された体が横たわる診察台の上では、患者の頭部が体から離れていきます。何かの意思を持って首が伸び、緑色の体液を撒き散らしながらちぎれ、床に落ちた頭部からは、これまた蜘蛛のような細い足が生えてカサカサと歩き出します。
得体の知れない生物に我が身を乗っ取られるのって、もしかしたら撃たれたり斬られて死ぬより最悪な死にっぷりかも知れません。
すべてのシチュエーションに登場する“あいつ”は、一度たりとも同じ形ではなく、じっとしていません。
ユーモラスにさえ見えるデザインは、その裏腹なまでに作り込んだ生物感あふれるディティールと、ラジコン操作で動く精巧な表情筋と、圧搾空気とシリコンチューブでランダムに暴れる触手によって、説得力を帯び、また、体内に侵入する異生物の得体の知れない能力に対する畏怖に溢れています。
その的確すぎる造形設計とコンテにおける配分。卓越した技術や彫刻といったものづくりの才能だけでなく、どの造形物をどう動かしてどの範囲までそのアングルで見せるのか――宇宙から来た異生物に限らず、自在に小惑星帯を飛び回る宇宙船も、複雑な機構で変形する巨大な建造物も、どうしたら効果的になるか?にまで、責任を持って取り組んだ結果なのです。
たまたま技術の進化や予算の増額がもたらしただけではなかったのです。この数年の間の映画表現の進化は、それぞれのパートを統括する専門家たちが、同時多発的にテリトリーを超えて映画作りに向き合うようになり、それを多くのフィルムメーカーが受け入れ、協業するようになったから起きたのです。
ちょっと話が脱線してしまいましたが、そのタイトな物語上の登場人物の行動原理により、“あいつ”は姿を現すや否や火炎放射器で焼き払われます。そうしないと自分も“あいつ”と同化しちゃうからです。正直、観客としてはその異形な体型と過剰なディティールをもう少し見ていたいのですが、どれもこれもあっという間にバーベキュー。もったいないことこの上ありません。
でも、そのもったいなさこそが監督のジョン・カーペンターの作家性なのです。
続きます。
文/樋口真嗣
『遊星からの物体X』 (1982) The Thing 上映時間:1時間49分/アメリカ・カナダ
監督:ジョン・カーペンター
出演:カート・ラッセル、ウィルフォード・ブリムリー他©Capital Pictures/amanaimages
1982年、アメリカの南極基地職員たちは、近隣のノルウェー基地が、壊滅し無人となっているのを知る。そしてアメリカ基地も謎の何かに襲われ始めた。形を持たないで犠牲者の形態を模倣する、宇宙からの生命体に…。SF小説を原作とした1932年製作のホラー『遊星よりの物体X』 が元で映画への道を志したというジョー・カーペンター監督が、その作品を自らリメイク。当時の特殊技術者たちの先端技術とクリエイティヴィティ、鬼才として知られた監督の演出の妙味により、歴史に残る映画となった。