矢野阪神とレアル・マドリーの共通点

「矢野阪神」とはなんだったのか? ドラマ連発のラストイヤーに「俺たちの野球」の夢と限界を見た_1
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普通ができず、ドラマしか起こせない。そんな矢野阪神のファンだった――。

矢野阪神のドラマ性に魅了されていたことに気付いたのは、神宮球場でのシーズン最終戦終了後、詰めかけた阪神ファンから「矢野コール」が沸き上がった時だった。ちょうど後任監督の名前がメディアで取り沙汰されるようになったタイミングでもあり、自然と湧いてくる感情があった。

「矢野燿大監督の采配を見るのもあと数試合か。CSや日本シリーズで少しでも長く矢野阪神の試合を見たいな」と、自分でも気が付かないうちに、矢野阪神の野球に心底惹かれていた。

もともと巨人やソフトバンクといった常勝軍団が好きだった。そもそも野球以上に世界No.1のサッカークラブ、レアル・マドリ―が大好き。世界のスーパースターたちが“マドリディスモ”と言われる伝統の不屈の闘志を燃やし、クラブの勝利のためにすべてを犠牲にして白い高貴なユニフォームを汚し、どんな逆境をも跳ね返して信じられないような逆転劇を演じ、結局、最後には絶対に頂点に立つ――。そういったチームとしてのアイデンティティ、ドラマ性がたまらない。

自分は映画やマンガの作り話には興味がないが、その代りスポーツにはドラマを求めている。フィクションではあり得ないような、実際に起きたら嘘のようなドラマがスポーツでは現実に起こる瞬間がある。

だから感情を揺さぶられるし、面白い。大谷翔平選手や佐々木朗希投手がまさにドラマのような存在だが、今季の矢野阪神は彼らに匹敵するくらい、ドラマ性に満ちていたと思う。

レアル・マドリ―と矢野阪神とでは、最後に勝つか負けるかという大きな違いはあるが、ジェットコースターのように振り回されるドラマ性は共通していた。だからこそ、自分は矢野阪神の野球に惹かれていったのだった。