【町田啓太】『美女と男子』(2015年/NHK総合)
『美女と男子』は、『篤姫』で知られる脚本家・田渕久美子のオリジナルドラマ。主演は仲間由紀恵。仲間演じる有能だが傲慢なキャリアウーマン・沢渡一子が、その人望のなさから弱小芸能プロダクションへと左遷させられたことから物語は動き出す。
事務所を再建させれば出世コースに戻してもらえると聞いた一子は、何とかチャンスを掴もうとスカウトに勤しむ。そこで出会ったのが、町田啓太演じる向坂遼。芸能界のことを何も知らない素人2人のサクセスストーリーが幕を開けた。
本作の魅力は、その起伏に富んだストーリー展開にある。エキストラ→再現ドラマ→小劇場→特撮ドラマ→恋愛ドラマの3番手→主演映画と遼がステップアップしていくさまは、まるで芸能界スゴロクを見ているよう。本番前に鳴る電話のベルのようなブザー音など、撮影現場はこんなふうになってるんだと覗き見している感覚になれるのも、ドラマファンにとってはニヤニヤするポイントだ。
スマートな役を振られることが多い町田だが、本作では真逆。向坂遼は、無口で無愛想。オーディションに行っても媚びひとつ売らないどころか、やる気がゼロ。同時期にデビューした鷲見右京(中山麻聖)とも犬猿の仲で、挑発されるとすぐ喧嘩になる。爽やかというより無骨。貴公子というより一匹狼の不良タイプだ。
ビジュアルもこんがりと焼けていて、頬にはそばかすが。そこがルックスをまるで気にかけていない遼らしくて、好印象。性格はクールで荒っぽいのに、歌が音痴でカナヅチというギャップなんてむしろチャームポイントでしかない。
芸能界に飛び込んだ遼は、さまざまな経験を積んでいく。時代劇でエキストラに扮したり、小劇場の舞台を踏んだり、特撮ドラマでヒーローを演じたり。ひとつの作品でいろんな町田啓太の顔が見られるのも、ファンとしてはうれしいところ。「あんた、おかしいよ」のひと言が言えなくて何度もNGになったり、掛け声に合わせて変身ポーズを決めたり、少しずつ芸能界の階段を上がっていく遼を見ていると、まるで本当に推しを推しているような気分が味わえる。
何よりマネージャーである一子との関係がいい。最初に遼が悪態をついていたのも、一子が自分のために頑張ってくれているのではなく、いずれ本社に戻るための踏み台として自分を利用していると思っていたから。石野悟(前川泰之)と一子がいい雰囲気になると、あからさまに嫉妬心をむき出しにするところがキュートだ。遼にとって、一子はいちばん大切な存在。一子がいるから頑張れる。一子のために夢を叶えたいと思う。そのまっすぐな行動原理が、観る人の胸を突き刺す。
何度見てもグッと来るのは、やっぱり最終回。ある場で遼はスピーチを行う。かすかに声が震え、自分の想いを確かめるように小さく俯く遼。そして顔を上げると、大きく息を吐き、自分がいちばん伝えたい人に伝えたい気持ちを語る。そのときの晴れやかな表情と、かすかに潤んだ目、震える喉仏までがリアルで、本当にこの世界に向坂遼が生きていて、どこかでスピーチをしているように感じられた。くすんだ目をしていた遼が、こんなにも凛々しく成長したことに胸が熱くなった。町田啓太らしい、誠実な演技だったと思う。
全20話と長尺ながらメリハリの効いた展開で飽きさせないのも本作の魅力。ぜひ芸能界を駆け上がる向坂遼の夢と奮闘を一緒に応援してほしい。
推しの過去作品は、貴重な歴史資料
今回紹介した4作品はほんの一例。どの俳優も、ひとつひとつの役と作品を血肉に変え、力をつけてきた。今よりずっと幼い顔つきにときめきを覚えたり、どこかぎこちない演技に推しの努力と成長を感じ取ったり、あるいは当時から光り輝くポテンシャルの高さにおそれおののいたり。推しの過去作品は、ファンにとっては感情の玉手箱。推しの歩みを知る貴重な歴史資料だ。
推しは1日にしてならず。その過去を知れば知るほど、今こうして光り輝いている推しをより尊く感じることだろう。
文・横川良明