フランスから極右を考える
私は2020年からフランスに暮らしており、参政党が模倣しているとされる欧州の極右の台頭を肌で感じてきた。極右との最初の出会いは、ドイツ国境に近いアルザス地方でのことだった。フランス滞在の初年度を、葡萄畑に囲まれた小さな美しい村で過ごしていた当時の私は、政治の喧騒から束の間離れたかのように思っていた。しかしそんなある日、村で知り合った青年が「実は前回2017年の大統領選はルペンに投票したよ」と、さらりと打ち明けてきたのである。
アルザスは宗教的・保守的な土壌が強く、極右が早くから比較的高い得票率を示してきた地方の一つでもある。その青年は、一見普通、むしろ大人しそうな若者で、私の思い描いていた「極右」像とはギャップがあった。外国人の私に親切に接してくれる彼を、誰が人種差別主義者、排外主義者だと言うだろう。しかし次第にその会話の端々には、「治安を乱す」「不良の」「アラブ人」への苛立ちや憎悪が滲んでいることも分かった。この「一見穏やかな極右支持青年」との出会いは私の中の極右=暴力的な少数者という思い込みを覆した。
その後、私は学業のためパリ郊外のサン=ドニへと移った。アルザスの穏やかで小さな村とは対照的な、移民の比率と貧困率がフランス国内で最も高い県だ。世間では治安の悪さばかりが強調され、「そんな場所に行かない方がいい」と何度も忠告されたことがある。まるでラジ・リ監督の“バンリュー映画”(*2)で見た風景のただ中に、私は身を置くことになった。しかし暮らしてみると、そこにはネットの「切り抜き」の外にある日常が広がっていた。
極右が政権を取るか否かは自分や隣人の生活に直接影響を及ぼしてくることもいや応なく理解するようになり、集会やデモにも参加するようになった。極右勢力が台頭する国に外国人学生という不安定な立場でいることは、積み重ねた生活が突然途切れてしまうかもしれないという、慢性的な不安と常に隣り合わせだ。こうした実存的な感覚が、「なぜこれほど多くの人が極右に惹きつけられるのか」という問いへと私を向かわせることとなる。
この世界中で起きている極右躍進という現象を分析する上でフランスを参照軸とすることは、単なる一国の事例研究ではなく、極右理論そのものの再検討にも資するだろう。そもそもフランスには革命以来の「右翼」「左翼」という政治的区分の起点があり、当時の反革命の思想が極右の基本的枠組みを形づくっている。19世紀末から20世紀にかけては、国民的統一を掲げるポピュリズムや排外的傾向が組み込まれ、現代の極右にもつながる典型が形成された。さらにこうした極右のモデルは国境を越えて広がり、他地域にも影響を与えてきた。
現代においては、かつてタブー視された極右の「メインストリーム化」が顕著である。2002年、ジャン=マリー・ルペンが大統領選挙の決選投票に進出した際には全国規模の抗議が巻き起こったが、2017年にマリーヌ・ルペンが同じく決選投票に進んだとき、社会の反応は明らかに鈍化していた。
この対照は、極右の「例外性」が失われ、むしろ「常態化」しつつあることを示している。先述したような、私が渡仏当初に出会った「一見穏やかな極右」はこの常態化の一端であろう。2022年の大統領選挙においては、決選投票でマリーヌ・ルペンは過去最高の41%を獲得しており、極右候補が決戦進出すること自体、もはや「当たり前の光景」になっている。
フランスの民主主義には常に極右の影が付き纏ってきた。それゆえその思想や戦術についての蓄積の大きさは見落とせない。本連載の目的は、この極右という“幽霊”の正体をフランスから明らかにし、その台頭を読み解くための道具箱を提供することである。
*2 1990年代以降のフランスにおける郊外(banlieu)を舞台に、移民ルーツの社会的周縁化や暴力・差別を描く映画群のこと。代表作:マシュー・カソヴィッツ『憎しみ』ラジ・リ『レ・ミゼラブル』など。













