家賃100万円の豪邸から1Kへの転落

「明日からどうやって食べていこう。頭にあったのは、ただそれだけでした」

ピンクのフリルが重なるドレスに身を包み、全国でプリンセスショーを開催しているプリンセス研究家・橋本サリー。そんな彼女はなんと19歳から“愛人生活”をスタート。何不自由ない生活の一方で、知らず知らずのうちに心をすり減らしていき、パニック障害とうつ病になってしまう。

「このままではいけない!」と、その生活にピリオドを打った彼女は、外資系企業の技術者であった男性と出会い、結婚。26歳のときに長女を、29歳のときに長男を出産した。長男の出産後、夫の海外赴任に付き添う形で家族ともども中国・上海へと渡ったのであった――。

当時のサリーさん(写真/橋本サリーさん提供)
当時のサリーさん(写真/橋本サリーさん提供)
すべての画像を見る

当時は、子どもたちをインターナショナルスクールに通わせ、自身もダンス講師としても活動していたサリーさん。駐在員家庭として「最高に裕福で優雅な生活」を謳歌していたという。しかし、そんな順風満帆な日々は1日にして崩れ落ちる。

「ある日、夫の会社の社員たちが自宅に押し寄せてきたんです。『旦那はどこだ!』って。彼は会社も辞めていて、会社が支払っていた月100万円の家賃のマンションからも、すぐに出て行けと言われました。そこで知ったんです、夫が失踪していたことを」

昨日までのセレブ生活は一瞬で消え、言葉も通じない異国で、幼い子どもたちと自分だけ。サリーさんは格安の1Kアパートへと急きょ引っ越し、明日をも知れぬ極貧生活へと突き落とされた。

次男を妊娠中だったころに撮ったマタニティフォトにもどこかプリンセス感が(写真/橋本サリーさん提供)
次男を妊娠中だったころに撮ったマタニティフォトにもどこかプリンセス感が(写真/橋本サリーさん提供)

「とりあえず子どもたちは、それまでの高級インターナショナルスクールから、現地の学校に通わせることにしました。

お手伝いさん任せだったから、それまで私が食べ物を買いに行くこともなかったんです。それが一変して、全部自分でやることになった。初めて入ったスーパーとかで、必死になって安いものを買いました。引っ越した家はお湯が出なくて、自分はもちろん、子どもたちの身体を洗うのも大変でした」

瞬く間に世界がモノクロになったサリーさん。そんな彼女の目に飛び込んできたのは、まもなくオープンする上海のテーマパークのダンサーオーディションだった。