19歳で始まった愛人関係、“足長おじさん”との出会い
そんな彼女の運命を決定づけたのが、19歳の時にアルバイト先のショーパブで出会った、ある「会長さん」だった。建築系の会社を一代で築き上げたその男性は、当時69歳。親子ほど、いや祖父と孫ほど歳の離れた二人の出会いは、映画のワンシーンのようだった。
「すごいオープンカーで迎えに来てくださって。ピシッとスーツを着こなして、バカラのロンググラスが似合うような方でした。彼が私に言ったんです。『僕が君の足長おじさんになってあげる。君の願いを全部叶えてあげるから、まず何がしたい?』って。
『ええ! 私なんかでいいの?』って思いましたね。当時の私はまだ自己肯定感が低くて、自分に自信が持てていなかったんです。でも、アルバイトをしながら生活を送る私にとって、援助をしていただけるというのは、とても魅力的なお話でした」
そこから2年間、サリーさんは会長が所有する高級マンションに住み、高級ブランド品に身を包む生活が始まる。外商が自宅を訪れ、食事は常に一流店。世間から見れば、それは紛れもなく「愛人関係」と映るだろう。しかし、サリーさんはきっぱりと、かつ淡々とこう言い切る。
「実は、身体の関係は一切なかったんです。本当に、純粋に私の夢を応援してくれるという感じでした。私はただ、彼の横で可愛く待っているのが仕事。でも、それはそれで究極のプレッシャーでした」
会長がサリーさんに求めたのは、性的なサービスではなく、彼に相応しい「至高のパートナー」としての振る舞いだった。サリーさんは会長の勧めで、銀座の老舗プロトコールマナー(世界標準公式マナー)教室に通い始める。
「高級品に囲まれた空間で、どう振る舞えば会長に恥をかかせないか。必死でした。買い物も食事も、単なる贅沢ではなく修業。会長に見合う女性でいなければならない、誰から見ても素敵ないい女でいなければ……。それはつまり『プリンセス』にならなきゃいけないということだったんだと思います」
彼女が学んだのは、単なるお辞儀の角度ではない。1つ1つの所作、物の扱い、そして空間そのものを美しく保つ「品格のある精神性」だった。後の「プリンセス研究家」としてのスキルの根幹は、この2年間の修業で培われたものだと話す。
しかし、華やかな生活の裏側で、サリーさんの心はすり減っていった。
「20代前半で、パニック障害とうつ病になってしまって。頑張りすぎてしまったのかもしれません。道も歩けない、人前に出ることもできないという極限状態まで追い詰められました。過酷なダイエットのツケも回ってきたんだと思います」
そんな時でも、会長は彼女を優しく見守り続けた。しかし、永遠に続くかと思われた二人の関係にも、唐突に終わりの時が訪れる。













