年収600万円の場合だと、5千円が月の上限となるドイツの医療費制度
――医療保険制度は国によって様々で、誰しも自分の国の制度のことをよく知っているからこそ様々な不満もありながら、それでもそれなりに満足をしているのだろうと思います。昨年から国会でも議論されてきた日本の高額療養費制度〈見直し〉案の問題は、マライさんの目にはどんなふうに映っていたんでしょう?
マライ・メントライン(以下同) 日本の医療システムは窓口3割負担、高齢者は1~2割負担ですよね。それを日本に来て初めて知ったとき『あ、そうなんだ……』って思って、お金を払うということに、まず驚いたんです。だって、保険料を納めているのに、そのうえ医者に行くたびに窓口でさらに支払わなければならないという考え方がドイツにはそもそもないので、『えーっ!!』って思ったんですよね。そうすると、まずそこで不安になるわけです。だって3割負担だと、病気によっては結構な金額になるじゃないですか。病気になったときのためにわざわざ貯金をしないといけないのかな、これから日本で生活していくうえでお金の使い方を考え直す必要があるのかな、と思って、それにまずビビりました(笑)。
それからしばらく経って高額療養費制度というものがあることを知って、3割負担でどんどん高くなっていくわけではなくて、ストッパーみたいなものでキャップが設けられているんだということを知って、ちょっと安心したんですよ。どれくらいの額になるのかなあ、といろいろ調べてみると『でも、そこそこ払うのね……』って思ったんですけど
――では、病院に行ったときに3割負担を窓口で払うことに、今は納得していますか?
いや、してないですね。もっと高い自己負担制度の国から来たら『たった3割の負担ですむなんてすごいじゃないか』と感じる人もいるかもしれないですけど、私はドイツの制度で育ってきているから『すでに(社会保険料として)払っているのに、なぜもう一度払わないといけないのだろう』という気持ちが消えないんですよ。1回払うと、それで医療費がすべてカバーされるようなシステムのほうが私は安心なんですよね
――ドイツの医療保険システムでは、そのあたりの仕組みはどうなっているのですか。
ドイツの医療保険制度はちょっとだけ面倒くさくて、医療保険は公的保険と民間保険のふたつが存在しています。公的保険は日本の健康保険制度にすごく近い感じで、所得に応じて保険料が給料から天引きになります。保険料率は14.6%で、これに各保険会社の追加保険料が上乗せされます。
2026年の平均追加保険料率は2.9%で、平均すると合計17.5%程度を労使で折半になります。天引きされるから、直接的な負担感は薄いのですが。仕事をしていない扶養家族やお子さんがいる場合は、追加のお金がかからずに家族もその保険に入れます。
フリーランスや自営業の場合は、この公的保険ともうひとつの民間保険のどちらに入るかを選択できます。ただ、この民間保険はちょっと高めで、自営業だと年齢や健康状態によって保険料が変わってくるし、疾患のある人は入れない場合もある。一方、公的保険の場合は加入者を断ることができないので、誰でも入ることができます
――その点でも、ドイツの公的保険は日本の医療保険制度に似ていますね。
そうですね。公的保険は保険料率の上限があるので、どんなにお金持ちでも一定額以上の保険料支払いは発生しません。そういうところも日本と同じです。
では民間保険はなぜあるのかというと、実は一番多い加入者は公務員なんです。民間保険と聞くとお金持ち用のものだと思うかもしれないけど、違うんですよ。うちの親はふたりとも公務員でずっと民間保険だったので、私もそこにずっと入っていて、大学生になったときに自分の分を公的保険に移しました。学生なので、保険料がめちゃくちゃ低くてお得だったんですよね。だから、私は公的保険と民間保険の両方を経験しています
――民間保険の場合は、保険料はどうなっているのですか?
公務員の場合、雇用主が「補助制度」の枠組みの中で、医療費の少なくとも50%を負担します。この補助率は一般的に50%から80%の範囲にあって、家族構成や子どもの人数、州によって異なります。そのため、公務員は残りの医療費のみを、民間保険でカバーすればよい仕組みになっています。
もともとの保険料は公的保険より高いけれども、自分で負担する20〜50%分は公的保険より少し高い程度でそれほどでもない、ということなんですね。
しかも、民間保険は公的保険よりもちょっとだけいいサービスを受けることができて、たとえば歯医者にかかる場合、日本でもベーシックな治療は保険でカバーされるけど、ちょっといい素材のセラミックやインプラントは自費になるじゃないですか。でも、ドイツの民間保険だとそういうようなものをよりカバーしてもらえます
――そのような加入保険の違いで発生する不平等さに対して、公的保険を使っている人からの不満みたいなものはあるんですか?
「それはやっぱりありますよね。でも、ドイツ人が一番不満を感じているのは保険料ですね、お金のこと。どこの国でも保険料の高さは不満のもとですから。もうひとつは、なんで公的保険と民間保険の2本建てになっちゃったのかな、っていうこと。日本みたいに皆が同じ保険でいいんじゃないのか、ということは議論になりますね。
ちなみにその民間保険の内訳は、全加入者の53%が公務員と裁判官です。その公務員と裁判官は、93%が民間保険を選択していて、公的保険を利用している人は7%です
――いわゆる富裕層の人々は?
民間保険を選びますね。本当にお金があるのなら、民間保険のほうが有利だと思います
――人口比で公的保険と民間保険の加入者はどんな割合なんでしょうか。
パーセンテージではなくて実数なんですが、公的保険に入っている人は7400万人。そのうち、実際に勤めている人が5800万人なので、それ以外の1600万人は扶養で入っているということですね。民間保険に入っているのは870万人です。ドイツの人口は約8400万人弱なので、10人に1人くらいが民間保険ということですね
――ドイツの医療費の自己負担は年間収入の2%という話ですが、どのような支払いになるんでしょうか?
病院でのお金が発生しないと最初に言いましたけれども、時々はプラスで支払うことが発生するんですね。たとえば、病院に入院する場合は1日あたり10ユーロ。でも、それにも上限があって、支払いは28日目まで。3ヶ月とか6ヶ月とか、それ以上入院する場合は払わなくてもいい、というふうになっています。
支払いが発生するもうひとつの場合は薬。処方された薬の自己負担額は薬代の10%ですが、下限は5ユーロで、上限は10ユーロです。そのため、300ユーロの薬だと上限の10ユーロ、80ユーロの薬だと10%の8ユーロを払うんですが、50ユーロ以下の薬の場合はすべて5ユーロです
――その支払いも年間上限キャップみたいものがあるんですか?
そう、その10ユーロの積み重ねが自分の年間収入の2%です。基準になるのは税金が引かれる前の収入ですけれども。
たとえば年収600万円だと、2%は12万円ですよね。それが年間支払いのマックス。1ヶ月あたりで割ると1万円。入院代や薬代は、もうそれ以上発生しない。さらに、慢性疾患などでずっと治療が必要な人の場合は、この割合が1%になります。これくらいの金額だと支払いの不安がないし、安心じゃないですか
――僕の場合、日本の高額療養費制度で1ヶ月の治療に支払っている金額は4万4400円(多数回該当利用)です。ドイツの場合だと……。
さっきの例で計算した年収600万円の場合だと、5千円です。お仕事をしていると、まあまあ悲しいけど払えるよね、くらいの感覚ですよね。これくらいの金額だと、仕事を辞めざるを得ないとか治療を諦めなければならないとか、比較的なりにくいと考えられます














