SF世界に現れる、懐かしい景色
――そろそろ作品のお話を伺っていければと思います。この度椎名さんが書かれた『超巨大歩行機ゴリアテ』では、見たことのない建造物や機械が登場する一方で、どこか懐かしい風景が頭に浮かびます。
椎名 今回のSFでは巨大な歩行機を登場させました。歩行機だから当然、歩くわけだけど、スーコやクサツネ君とは違って、身長五十メートルぐらいあるやつだけど、何も考えていない。とにかくでかくて、それに五人ぐらいが乗っかって、がしゃんがしゃんと進む。そういうのを書いて歩かせると、その歩行機から見える風景を考えないといけない。そこで実際に過去に自分が見た景色なりを強引に引っ張り出してくるんです。
高田 具体的にはどういう風景なんですか?
椎名 南米、チリのプンタ・アレーナスという街からパタゴニアに続く道が、まーっすぐあるんですよ。その向こうにマゼラン海峡があって、その隣にはでっかい山脈はあるけれど、その間は何もない。日本には、北海道ですらそんなまっすぐな長い道はないんじゃないかな。だからその道をイメージするところから始まりました。でも高田さんも経験があると思うけれど、まっすぐな道って晴れていると陽炎が立っちゃって向こうがよく見えない。何だか分からないけど、その何だか分からないのがすごく旅人的というか、魅力で。怖くもあるんだけど、その印象を残すように書きました。
高田 そうなんですね。私も『超巨大歩行機ゴリアテ』を読ませていただき、椎名さんとも縁が深い、パタゴニアの風景と、中国の荒涼とした砂漠のような、それをミックスした風景をイメージしながら読んでいました。ずっと直線で、ところどころ氷河に出くわすような景色をイメージしていたんですが、この小説に中国の人っぽい、癖のあるしゃべり方をする人が出てきますよね? だから中国大陸の荒涼とした砂漠のイメージのほうが少し強かったかもしれません。
椎名 若い読者にそこまでしっかり読んでもらえるのはありがたいです。
高田 「廃棄監視塔」という章に「あずま食堂」って出てくるじゃないですか。荒れ地にぽつんとあるレストランで「どんな客がくるんですか」と灰汁が聞いたら、「ここには時期になると三百人ぐらい遊牧民が来て一か月ぐらい滞在するんだ。でも今は誰もいないからカラッポなんだ」というような会話がある。遊牧民が来るその時のために開く食堂が、現実の世界でもあればいいなと思いました。
椎名 距離が長い旅だと、レストランは分かりやすい目標になりますからね。やっぱり旅人は常に食い物を目指していく。
高田 そうですね。スーコとサハラ砂漠を旅していたときに、やっぱりレストランに向かって歩くことはよくありました。
椎名 砂漠を歩くと動物の強さがよくわかるよね。
高田 はい。モロッコのザゴラというところからメルズーガにかけて礫砂漠というんですかね。そういうところの、車が通った道の轍をたどって歩いたんです。オアシスが三十キロぐらいごとにあるんですが、車の往来はなくてロバと自分だけ。十キロ先が何も見えないような、人間の気配がないところを動物と一緒に歩くと心が落ち着きました。
椎名 でも、オアシスにもレストランにも辿り着かないかもしれない。そういう恐怖はなかった?
高田 私の場合は、一週間分の食料をロバの背中に積んでいたから、食いっぱぐれる恐怖はあまりなかったかもしれません。「こいつ(ロバ)がいれば何とかなる」という安心感がありましたね。
椎名 やっぱり命があるものは素晴らしいよね。テレパシーじゃないけども、意思の疎通や共有が、精神感覚でぱぱっとできる部分がある。小説にでてくる灰汁にもガギという旅の道連れがいるけど、ガギは機械人間だから、ふたりの間に有機的なコミュニケーションはほぼない。コミュニケーションの問題は、本当は考えたほうがいいんでしょうけど、それよりかは周りで起きている現象を書くほうが忙しい。SF作家は勝手なものを書いて一人で喜んでいる世界なもんですから。
高田 私は読んでいて、変に感情移入しすぎない距離感が、この砂漠のような風景には合っているなと感じました。
椎名 僕が書いている世界では感情的なものは生まれないだろうと思うんですよ。そもそもあまり生物が登場しないのと、感情移入できるほどの描写はしてない。近頃何かと話題になるAIに関連して言うと、もっと進んだ電子頭脳ロボット、自我をもって動けるようなものが開発されているらしいんです。近いものはやがて出てくるでしょうね。自我があるわけだから、それが誕生したらまた話は違ってくるけれど、あくまで現段階では「一緒にくっついて歩いているちょっとフクザツな機械」で生物とは言えない。そっちのほうが話を作りやすいんですよ。生物以外に「今日の気分はどうだい?」なんて会話を成立させていくには、科学的な論理立てを書いておかないとSF界では相手にされない。今の技術の段階だと、まだ逃げ道がいっぱいある。「だってこれ、機械ですから、SFですから」と言えばいい。
高田 なるほど。SF的な設定として「割り切る」ことで描ける世界があるんですね。でも、先ほど椎名さんが「クサツネとは会話するんですか?」とお聞きになったのは、椎名さんの中に、思い通りにいかない生身の生き物とのやり取りに対する興味があるからなのかなと感じました。
椎名 命があるという考え方を、ロバが持っているかは分からないけど、きっとロバはロバとしてそれぞれ自覚的なものはあるわけでしょう。それと折り合いながら他者と移動していくというのは大変なことです。機械がただ設計された中でガシャガシャ動いていくのとは意味が違うから。
高田 おっしゃる通りです。でも自分の意思を持つロバと折り合いをつけるのは、苦労でもありますが旅の面白さでもあります。そうなると椎名さんにとって、感情を通わせる「旅の相棒」として思い浮かぶのは、やはり馬ですか?
椎名 馬でしょうねえ。馬とは、すでにいい旅をした経験がありますから。僕はけっこう馬に話しかけるんです。馬ってなんとなく話を聞いているような顔をするんですよ。
高田 そうなんですか。
椎名 うん、あのヒト、いやヒトじゃないけど、目で何か言っているんですよね。ブラジルで何日間かカウボーイ達の中に紛れ込んだ時、一日が終わって馬の身体を触ってねぎらっていると、馬は「よかったなあ、一つの日が終わったなあ」という目をしているし、こっちのことを覚えているんだよね。あれは嬉しかった。
高田 国内で馬と旅した時はどうでしたか?
椎名 昔北海道を馬と旅していて、国道なんかで背後からダンプカーやトラックが走ってくることもあったね。その時は「大丈夫かな」と心配したけれど、馬はまったく怖がってなかった。頭がいいからたぶん「この音はどんどん大きくなっていくけれど問題ない」などと理解しているんです。逆に、道端に瓶なんかが落っこちていて、反射して光ることがある。それに驚いてバーンと飛びのいた時に、ちょうど車が来てしまうと非常に危ない。危ないのは、そんなふうに瓶を捨てる人間なんですよね。さっき高田さんも車通りや人通りで心象風景が変わる、と言っていたけれど、いい道というのは結局、人間の気配がない道なんだと思う。
高田 その時の馬はサラブレッドですか?
椎名 サラブレッドですね。人間を乗せるのに慣れているから相棒としてはとてもいい。野生の馬は強いんだけど、あんまり賢くないと言われているんですよね。サラブレッドがやっぱり一番頭がいい。
高田 敏感ですよね、サラブレッドは。
椎名 全身がレーダーみたいですね。何かあるとぴくっ、ぴくっと体が反射的に動くので、何かを絶えず感じてるんでしょうね。ロバは天候、例えば夕立とか雨なんかの時はどうしてるんですか?
高田 雨のときは橋の下で過ごすことが多いです。
椎名 ああ橋の下ですかあ。大変だなあ。
高田 やっぱり屋根があるだけで安心感が全然違いますから。ただ、国道の橋の下だと、車が通るたびに音が響いて、あまり寝心地が良くないんです。
冒険はまだまだ続く?
――おふたりが今後行きたい場所や、やってみたい冒険について教えてください。
椎名 今は千葉にクサツネといると聞きましたが、今後はどうするんですか?
高田 一度クサツネを知人に預けて、私はケニアに行ってきます。
椎名 どうして?
高田 ケニアの沿岸にラム島という島があるんです。だいたい八丈島くらいの大きさで、車が行政用の一台しかなく、三千頭以上いるロバが荷物や人を運んだりしている、ロバなしでは生活が成り立たないような場所らしいです。
椎名 人間はどれくらいいるの?
高田 約二万五千人だそうです。ロバだらけの島なんて、ロバがどんなふうに人間と暮らしているのか見に行きたくて。これから毎年、ロバのいる国に行って、各地でロバと人間の生活を見たいと思っています。今年はケニア、次はセネガルとか。
椎名 本を書けばいいと思いますよ。そういえば、売っているお塩はどうするの?
高田 今回の旅で、北海道で作った塩をリヤカーに三十七キロぐらい積んで千葉まで来ましたが、北海道でかなり売れたんですよ。このままだとすぐなくなってしまうなと思って、本州からは一人一袋にして、九割くらい売れました。
椎名 ロバのお塩。
高田 はい。「熊石のロバ塩」という名前です。百グラム八百円です。
椎名 ほお。ロバも塩を食べるんですか?
高田 食べます。塩は生命に必要不可欠ですね。近いうちに通信販売もはじめて、旅の資金がちょっとでもできるといいなと考えています。塩はふだんの生活費に充てて、書籍や原稿を書いていただいたお金は旅の資金、というふうにできればなと思っています。
椎名 何かテレビの仕事とかキャラクターグッズとか、おいしい企画があるといいですね。今はそういうものがないと、なかなかノンフィクションが成立しにくくなってしまっている。情報が溢れる現代では仕方ないのだけれど、「冒険」という言葉も失われつつある。
高田 椎名さんから『ロバのスーコと旅をする』に斎藤茂太賞の選考委員特別賞をいただいた際、「旅のかたちはさまざまであっていい」とお言葉をくださって、あれは嬉しかったです。
椎名 それを冒険と呼ぶかは意見が分かれるかもしれないけれど、ロバと歩くことが、新しい切り口であるのは間違いない。奇を衒う必要はないけれど、今は自分の世界を見つけやすくなっているかもしれない。高田さんもそうであるようにね。
高田 私は沢木耕太郎さんの『深夜特急』(新潮社)に大きな影響を受けて旅を始めたのですが、旅行記として面白いのはもちろんとして、高校生のときに読んですごく心が自由になったんです。特に沢木さんが新卒で入った会社を雨が降っていたという理由で辞めるところがすごくかっこよくて、こんなふうに自由に人は生きられるんだと知りました。椎名さんは、まだ行かれたことのないところで行きたい場所はありますか?
椎名 行きはぐったところは、キルギスです。キルギス共和国。仕事で行く予定だったんだけど、ぐずぐずしていたらそのうち情勢が不安定になっちゃって。韓国側から行けるんだけど、タイミングを失ってしまった。
高田 キルギスで見たかったのはどういった風景だったんですか。
椎名 山岳を馬で行く旅をしたかったな。モンゴルと同じように。星野博美さんの『馬の惑星』(集英社)に書いてあるんだけれど、そこにいるキルギス馬が、きれいな馬なんだ。
高田 もう行かないですか?
椎名 もう行かないでしょうね。人は旅に出る時に思うところはそれぞれ違いますよね。自分なりのテーマや目的、あるいは人のためとか、恋人に会いに行くとか。それぞれパーソナリティーがあっていいんだけれど、今はもういろんな人の挑戦に拍手したり、いらぬ心配をしてたり、そういう立場になってしまいました。だから小説のキャラクターにつらい旅をさせて、僕はもっぱら新宿で飲んでいます。
(2026.1.21 神保町にて)
「すばる」2026年4月号転載














