日本列島をロバと歩くということ
椎名 基本的には何を目指していたのですか? ロバの意志というかロバが目標とする場所とか、そういうのはあるのですか?
高田 やっぱり草ですね。草があるところです。
椎名 草は何でもいいわけじゃないでしょう?
高田 わりとえり好みをするというか、食べる草と食べない草がありますね。イネ科系の雑草や笹が好きですね。
椎名 穀物は食べないんですか?
高田 食べます、大麦とか。あとお米は好きなんですが、水田に自分から入っていって食べちゃったりはしないですね。
椎名 食事は割と計画的に考えているんですか。一日これくらい与えるとか。
高田 そうですね、冬の間は草があまりないので、今回の旅では大麦を十五キロくらい用意して出発しました。だいたい一日一キロくらい与えます。
椎名 自分の食事は自分で運ぶと。水は日本だと簡単に手に入りますか?
高田 民家にお願いすることが多いです。特に今回の旅は北海道を十一月に出発したので、東北って公園とかに水道はあっても、冬場は凍ってしまうから水抜きがされていて使えないんですよ。だから声かけてくれた人にお願いしたりもしました。
椎名 どういう対応をしてくれるんですか?
高田 最初は驚かれますが、結果的には喜んでくれますね。「また帰り道寄ってね」と言われることも多いです。
椎名 でも草はどこにでもあるわけじゃないでしょう、日本の場合は。
高田 草は春から秋にかけては困らないぐらいあります。
椎名 あるんですか、道草。人間にとって道草はあんまりいい言葉ではないけれど。
高田 私たちの旅にとっては、むしろ一番大事なものです(笑)。私もロバと旅する以前は、道ばたの草のことをまったく気にしてなかったんですが、こういう旅をするようになると、ふだん目にする世界が変わってくるんですよ。草地とか畑を見ると……
椎名 おいしそうだなと(笑)。怒られたことはないですか。「うちの草を勝手に食いやがって」とか。
高田 それはないです。草って食べられて困るものじゃないですから。
椎名 人参なんかを差し入れにもらうと言っていたけれど、道草と人参どっちが好きなんですか?
高田 どっちも喜びますが、草を食べるときは、「むしっ、むしっ」といい音立てながら食べるんです。多分ロバは草を選んでむしって食べることに、遊びのような面白さを感じていると思うんですよ。だから、私は自然の青草を食べているときが一番幸せなんじゃないかなと思っています。
椎名 じつに粗食だけどなあ。
高田 ええ。でも人間にとっては、邪魔でしかない草を食べて、エネルギーに変えて歩き続ける。その姿にロバのすごさがあると思うんです。
椎名 いいこと言うなあ。じゃあやっぱり草のない都市部は歩かない?
高田 そうですね、都会は避けてます。特に東京は……私もここまで「やっぱり草がないな」と思いながら神保町を歩いてきました。
椎名 ロバの目になっている。実際に神保町にクサツネ君と一緒に来たらどうなるんだろう。
高田 穀物を持参するしかないなと思います。でも、不思議とときどき笹はあるんです。ロバは笹もけっこう食べますね。街路樹として手入れがされている笹だと思うので、食べたら怒られるかもしれませんけど。
椎名 馬の場合、ちゃんと交通法規があるんだけど、ロバも同じ?
高田 基本的には同じです。ロバも道路交通法では軽車両扱い。ただ、フェリーに乗った時は、ロバ料金が会社によって違いました。
椎名 海外を旅した後に日本を歩いていると、ほとんどの道がアスファルトで覆われていることに気づくけれど、そのあたりは東京も地方も同じですか?
高田 はい、日本はどこもそうですよね。田舎のほうもアスファルトなんだと、まざまざと感じました。でも、国道は400番台になってくると車が少なくていいですよ。道路も狭くてロバ向きです。道を歩いていると、道幅と、車がどれくらい通るかで心象風景がだいぶ変わってきます。都会は車の数も多いですし、信号ですぐ立ち止まらないといけない。そうすると、人もたくさん集まってきますね。
椎名 昔、「ロバのパン屋」ってロバを連れたパン屋さんがありましたね。珍しいから集客できたんでしょうね。今もいろんな質問を浴びせられると思うんですけど、体験としてはどうなんですか。
高田 「どこから来たの?」とか「馬ですか、ポニーですか?」という質問をよくされますね。私にとってはロバと歩いているのは日常的で、ごく当たり前のものになっているのですが、周りからどう見られているかはよく分かっていないんですよ。やっぱり写真はすごく撮られますし、話しかけてくる人も多いので、日本でロバと旅するというのはそういうものなんですね。私が旅した国々では、ロバに対する物珍しさというのは全然ないので、そのあたりは大きく違います。
椎名 動物をいちいち珍しがっていたらシルクロードなんて歩けないもんね。僕の尊敬している人にカヌーイストの野田知佑さんがいるんですけど、彼がカヌーを始めた頃、日本にまだカヌーなんて珍しい、めったに見ない時代だったから、川を下っていると「何してるんですか」、「どこから来たんですか、どこ行くんですか」と何度も聞かれると。そうすると野田さんは、上流のほうを指さして「向こうから」、下流を指して「あっち」って答える。
高田 かっこいいですね。
椎名 それを言いたくて聞かれたいんだ、とかも言っていました。あとは警官が聞くそうなんです。「どこから来たんだ?」と。文字通り水の上の流れ者だからね、怪しいじゃないですか。でも聞いてしまえば他にはもう聞くことないわけ。警官はカヌーのことを特に知らないし、別に違法なことをやっているわけでもないから、最後は「気をつけて行け」なんて言うんだって。何かあって転覆してもその警官が助けてくれるわけでもない。だから結局、余計なお世話だと野田さんは言っていましたね。
高田 私もロバがいる理由を聞かれますが、「ロバが好きだから」と答えています。行き先も、「北から南へ」とは時々、言いますね。
椎名 そう答えるのは楽しそうだね。言われたほうは怒るかもしれないけれど。でも、明確な回答がないとなぜ彼らは納得しないんだろう。「町」って言っても「どこの?」となるし、なになに町と言っても「そこで何をするの?」と目的を聞いてくる。聞いても何かが変わるわけではないのに。
高田 何かしら、はっきりした理由を求めているからかもしれないですね。野田さんはそういうのが嫌だったんですかね?
椎名 どうだろう。野田さんはとにかく役人が嫌いだった。「役人的なヤツが一番威張る」といつも言っていた。『ゆらゆらとユーコン』(本の雑誌社/新潮文庫)という本があるんですよ。
高田 読みました。
椎名 その中には外国の川ではそういう煩わしさが一切ないと書かれていて、それが彼は好きだったみたいですね。向こうではカヌーで川を最後まで下るなんて当たり前だから。川がしっかり生きているけれど、日本の場合はなかなか次のエリアにつながらない。
高田 日本は大きな砂防ダムとかで寸断されていますからね。
椎名 そう。川は海まで流れつくのが普通のことなのに、精神感覚的には町単位で川が流れている。それは、くだらない。だから川を一本の道として、例えば四万十川を上流から下流まで旅をした人はあんまりいないわけ。川は日本では既に交通網ではなくなっているけれど、道はどうですか? ただ、動物と一緒に歩くには、日本の道って問題が多いような気がするけれど。
高田 今のところ日本では動物と歩く人が少ないので、みんな受け入れてくれるというか、好意的に見てくれる人が多いです。
椎名 日本人のいいところだろうね。
高田 私が歩くのは田舎が多いんですが、飲食店を突然訪れて「ちょっとロバがいるんで外の草のところにつないでいいですか」と声をかけたら、大体「いいよー」と応えてくれて、「ロバが来た」と喜んでくれます。そういう意味では、日本の道は歩きにくいというわけではないですね。
椎名 旅の間、日記はつけていたんですか?
高田 本当に簡単な、単語だけ書いていくような感じでつけています。
椎名 それは、忙しくて?
高田 日中はずっと歩いていて、夜はテントを張ってご飯を食べたらすぐに寝てしまうので、ちゃんと書く時間がないんです。単語だけでも、後で読み返すと、けっこう鮮やかに思い出したりします。椎名さんは日記をつけられているんですか。
椎名 週に一回まとめて、という感じだったな。ほとんど毎晩酒を飲んでいるから、飲んじゃうともう書けない。
高田 それで思い出せるんですか。
椎名 項目だけ書いておくんだけれど、あとで例えば「大蛇のように怖いもの」などと書いてるメモを見返しても、肝心な「怖いもの」が何かを忘れていたりする。そういうことがなるべくないよう、まとまった雨が降っているときとかに、長いのを書きます。日記というより、その時に思っているエッセイみたいなものかな。














