こんな付箋を見たのは初めてです
美村 役者の仕事はほとんど緊張しないのですが、今日は緊張しています。昨日からそわそわしていました。まず私から、感想をお伝えしてよろしいでしょうか。
北方 お願いします。
美村 『森羅記』第二巻、すごく楽しく拝読しました。先生があるインタビューでおっしゃっていましたが、『森羅記』は群像劇であると。その言葉のとおり、登場人物一人ひとりに大きな存在感があって、一冊とは思えないボリューム感、満足感でした。
もう一つ嬉しかったのが、「海」が主人公として出てくることです。私は海なし県の埼玉育ちなので、海への憧れが強いんです。海釣りも大好きで、船乗りに憧れてもいます。『森羅記』を読みながら、海に癒やされたり、美味しそうな海の幸を食べたくなったり、海をいかに制するかを考えるのが楽しくて。だから、先生が最後の長編とおっしゃるこのシリーズは、集大成にして最大濃度。すごい! と思って読んでいたら、付箋がこうなってしまいました。
北方 ありがとうございます。いろんなかたと対談をしてきましたけど、目の前でこんなに多くの付箋を見たのは初めてです(笑)。
美村 ちょっと恥ずかしいので減らそうと思ったのですが、なかなか減らせなくて。付箋は色分けしてあるんです。文章として素敵だなと思った箇所に「緑」、帝王学などの知らなかった知識や感銘を受けた哲学的な言葉には「青」、役者として演じてみたい場面や表現に「オレンジ」、そして美味しそうなものに「黄色」です。緑の付箋が切れて、途中で紫に変わったりもしていますが。
北方 この付箋は大変なものです。美村さん、評論家になれますよ。それから感想を伺って、おのずと作品の本質を摑んでおられると思いました。
美村 本当ですか?
北方 この先、私は元寇を書きます。元寇は、ほとんど陸上で戦っていません。海の上で敵を迎え撃ち、撃退する。だからこれは海が主役の物語なんですね。
美村 合ってた。嬉しいです!
北方 それから元寇は大陸からやってくるわけですが、大陸にはたくさんの民族がいます。対する日本はそうではないんだけど、この時代、陸奥の山奥とか九州の端っこで生きている人間は、「日本人」という意識を持っていません。戦うために日本を一つにすることが、北条時宗の課題になるんです。二巻では時宗はまだ子どもで、父の時頼が中心ですが。
美村 なるほど。それで日本という言葉や、日本人を意識させるシーンが何度も出てくるんですね。
北方 しつこく書いています。
美村 『チンギス紀 八 杳冥』の文庫解説にも書かせていただきましたが、私は先生をサービス精神の塊だと思っています。読者にとっての読みやすさをとことん考え抜かれていて。読者が物語の旨みの根本を味わえるように、いいところでガイドを入れてくださるし、息継ぎのしやすい文章はさくさく読めて、長編であることを感じさせません。とくに印象的なのは、戦闘シーンこそ、文章が短くなることです。
北方 努力しましたよ。最初は長い文章を書いていたんです。だけれども、「風が変った」の一言で、読者はその場を想像できるんじゃないかと。
美村 はい。情報量が多いと、戦というものに疎い私のような読者には、かえってわかりにくくなるように思います。紙芝居のように潔く場面転換していく先生の戦闘シーンには、ちゃんとついていけるし、何よりカッコいいんです。
北方 何十年も戦の場面を書いてきたから、習熟したのかもしれない。
美村 ほんとうに、先生はずっと大長編を書いてこられて尊敬します。
北方 書くというのは不思議なことです。友人の作家・船戸与一は、『満州国演義』の一巻を書いたところでがんになったんです。あと一年と余命宣告を受けて、抗がん剤をやりながら書き続けるんだけど、二巻を書き、三巻を書いてもまだ死なない。ほとんど緩みなく最後の九巻まで書き上げたところで、炎がすうっと小さくなるように亡くなりました。その姿を見て、小説の神様はいるんだな、と思いました。俺にもいるのかな。そうしたら、『森羅記』を書き終わるまで死なないで済むなと思っています。















