風俗嬢のきっかけになった、とある本
そんなATARUの「強み」について、鞠子はこう語る。
「“察する力”というか、その子の持つ世界観を理解する力が、他のカメラマンとは違う。たとえば、女性が自前で衣装を持ってきたら、『この子はこう撮られたいんだろうな』って気持ちを汲んでくれる。そのうえで、アドバイスをくれるから、腑に落ちるし、信頼できる良き理解者です」
照れくさいのか、居心地が悪そうにはにかんだ表情のATARU。根が真面目で、自分のことを語るのが苦手な人の特徴だ。休日の過ごし方を聞いても、その真面目さ、はにかみ屋の部分が顔を覗かせる。
「完全なインドア派なので、休みの日は家のなかで金儲けのことばかり考えています(笑)。どうしたら黙っていてもチャリンチャリンと振り込まれてくるかって(笑)」
しかし、こうも語る。
「今、スタジオのセットは電脳ブースになっていますが、次は桜のセットに変えるんです。定番のセットですが、これまでとは違うようにするにはどうしたらいいかとか、照明はどうすればより映えるかとか。家にいると、そんなことばかり考えています」
前年の写真を見直して改善点を見いだそうと日々考えると語る表情は、真面目人間そのものだった。
では、なぜATARUは風俗嬢になったのか。それは、とある本がきっかけだったという。
「菜摘ひかるの本を読んで、風俗嬢って面白い職業だなって思ったのがきっかけでした」
菜摘ひかる──。風俗嬢だった菜摘は1998年、『風俗嬢菜摘ひかるの性的冒険』(洋泉社)で作家デビュー。以来、風俗嬢との二足のわらじで作家活動を続けたが、2002年11月、29歳の若さでこの世を去った。
その菜摘に影響され、風俗業界に入ったという。
「最初はピンサロ(風俗嬢がフェラチオを主とした性的サービスで接客する店舗型風俗店)でした。そこで菜摘のようにブログを始めたんです。風俗嬢ブログですね。想像以上にバズりました。書籍化の話もあったんですが、『プロが書くので、話をしてもらうだけでいい』と言われ、断りました。そこから、川崎(神奈川県川崎市)のソープランドで働くようになったんです」
高校卒業後、しばらくしてからいきなり風俗嬢になったATARU。しかし、その店は合わずに退店。昼職(主に日中に働く仕事全般のこと)に就いたが、風俗に比べるとあまりに給料が安い。そこで再び風俗嬢になることを決意した。渋谷の店舗型ヘルス、いわゆる箱ヘルだった。ところが、ここでも数カ月で嫌気が差し、退店。













