元風俗嬢の写真家

「私、3年前かな。がんに罹ったんです」

2025年1月、横浜市伊勢佐木町。イセザキ・モールと呼ばれるショッピング・ストリートにある焼き肉屋で、ショートヘアの金髪女性は、オレンジジュースを片手にタン塩を頰張りながら、事も無げにこう語った。

ATARUとは2024年11月、酒井からの紹介により伊勢佐木町のスタジオで取材したのが初めてだった。その時の衝撃は忘れられない。スタジオ内に音楽が流れていた。取材の邪魔にならない程度の音量。モデルをリラックスさせるためのものだろうと思って、気にせずに取材を始めた。

ところが、耳を凝らすとその音楽はBiSHの「My landscape」だった。驚く私の顔を見て、ATARUはしてやったりの笑顔を見せた。

「私、リサーチ魔なんです。山田さんはBiSHがお好きなんですよね?」

「My landscape」が収録されたアルバム『THE GUERRiLLA BiSH』
「My landscape」が収録されたアルバム『THE GUERRiLLA BiSH』
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普段、私は政治取材を中心に活動しているが、趣味は音楽鑑賞だ。お気に入りのバンドのライブや大型音楽フェスにはよく足を運んでいる。結構な音楽ファンであることを自負している。とはいえ、仲間内では知られているものの、さほど多くの人に知られている情報ではなかった。

ましてや、BiSHが好きなこと、しかもガチファンの清掃員(ファンの呼び名)であることなんて、身近な者でしか知らない情報だったはずだ。

しかし、ATARUは、取材が決まってから私の名前をネットで検索し、いくつもの記事を読んだという。そこで、私のために取材時にはBiSHを流し続けることを決めたそうだ。

普段、取材をする側として取材対象者を調べておくのが当たり前になっているが、相手から調べられていたという記憶はあまりない。このような気遣いをされるのは、当然ながら初めての出来事で、面食らった。

しかも、彼女のキャリアを振り返ると興味深いものばかりだった。もともと写真が好きで、高校時代は写真店でアルバイトをしていた。高校卒業後、しばらくして風俗嬢になった。一度、風俗を辞めてからウエディング写真を撮る店に就職。しかし、低賃金に絶望し、再び風俗嬢となった。再度風俗に足を踏み入れたものの、つらい日々が続いた。

「私、売れない風俗嬢だったんです。それでお店に掲載するパネル写真を有名なカメラマンの方に撮っていただいたんです」

当時は、いわゆる“ザ・風俗嬢”という写真が主流だったが、そのカメラマンはファッション雑誌に出てくるような撮り方をしていたという。その写真を出してから、客からの指名が格段に増え、一躍人気嬢となった。

「たった1枚の写真で私の人生は変わりました。写真の力を実感し、風俗嬢を引退したら写真家になろうと決めたんです」

ATARUはそのカメラマンの下で修業をし、フリーとなった。風俗嬢としての経験があるからこそ、彼女たちの気持ちを理解し、寄り添える。

言葉少なにぽつりぽつり話し、傍らで聞いているスタジオ店長が補足する。そんな感じの取材だった。もう一度会って話を聞きたい。そう申し出ての再取材だった。