ものまねという文化はSNS時代にどう生きていくか
ここで思い出されるのが、2025年2月に放送された『X年後の関係者たちあのムーブメントの舞台裏』(BS-TBS)の「ものまねブーム編」だ。世代を代表して、コロッケ、原口あきまさ、レッツゴーよしまさ、松浦航大が集結し、ものまねの歴史を振り返った。
その番組終盤でMCのカズレーザーが「(いままでは)『本人が(NOを)言うのは無粋だから許された』があったけど、本人側が『権利を侵害されたら困ります』とはっきり言う時代になると、ものまねはどうなるのか」という問いを投げかけたとき、スタジオの面々はどこかピンときていないように見えた。
発言のきっかけは、より精度を高める昨今の歌まねブームやAI時代の到来を受けてのものだったが、カズレーザーの視線は、もっと先を見ていたように思う。ものまね協会や組合の必要性なども軽く語られたが、最終的には「無粋な人が増えたら(ものまねは)終わりです」と笑いにして番組は終了した。だが、それこそが、まさにいまを取り巻く状況の変化を示唆していたように思う。
今回のケースでは、りくりゅうペア本人は現時点で何もコメントを出していない。それでも、ファンの側から強い拒否の声が広がった。お笑いコンビ・スリムクラブの真栄田賢は自身のXで「りくりゅうペアご本人達が『最高、好きです』って言ったらどうなるんかな」とポツリつぶやいたが、もし本人が“公認”すれば空気は変わるだろうか。
だが、今回の騒動は、公認の有無というよりも、黙認を前提にしてきたものまね文化が、SNS時代には成立しにくくなっていることを暗示している。いまは、本人が何も言わなくとも、ファンの声が瞬時に可視化される時代なのである。
テレビやステージであれば、この炎上は起きなかった可能性が高い。今回の騒動は、一芸人の炎上にとどまらず、ものまねという文化が、SNS時代にどう生きていくか。その難しさを浮き彫りにした出来事だった。問われているのは芸の価値ではなく、その届け方なのかもしれない。
文/森野広明
















