ヤンキーから強制されて鍛えられた「ものまね」
JPという芸名は自身の名前に由来している。本名・前坂淳平、滋賀県出身。彼が初めて人前でものまねを披露して快感を得たのは、小学校5年生の時。
「音読の授業で『フクロウがホーホーと鳴いている』みたいな一文があって、フクロウの鳴きまねをやったんです。そしたらドーンとウケましてね。ものまねチャクラが開眼しました」
友達が少なかった小学生時代のJPは、アニメや特撮に夢中だった。
「当時ハマっていた『忍者戦隊カクレンジャー』のものまねをしていたら、それを先生が給食の時間に学校中のテレビに流したんです。普通だったら、これがきっかけで人気者に……ってエピソードだと思うんですけど、僕の場合は、ヤンチャな子たちが『さっきのお前かぁ!?』と教室に乗り込んできました」
現在は183㎝の長身で、長瀬智也や香取慎吾など旧ジャニーズアイドルのものまねも得意とするJPだが、小さい頃からいじめに遭っていたという。
「僕には、よく言えば男性のイタズラ心をくすぐってしまう天性の何かがあるんじゃないかと思います。身長のせいで目をつけられていじめられたこともあるので、背が高いこともコンプレックスでした」
しゃべりものまねの先駆者である松村邦洋にも、学生時代に不良たちからものまね修行をさせられていた有名なエピソードがある。
「松村さんとはかなり似てますね。僕は小学校の高学年から中学・高校と、ずっといじめられていましたが、中学生の時に、ものまねをしたおかげで殴られなくなった経験があります。
笑福亭仁鶴さんや桂小枝さんなど関西の落語家さんや、アニメや特撮などのものまねをしていたのですが、何回も同じことをしていると『ネタかぶってるやんけ!』ってど突かれるし、わかりにくいと『誰がそんなマニアックなのわかんねん!』って言われるので、次から次へと新ネタを考えて。めちゃくちゃ厳しいお笑いの養成所に入ったような感じでした」
人間がイヤになったこともあり、中学卒業後は畜産を学ために農業高校へ進学。しかし、高校でもいじめは続いた。
「当時カラーギャングが流行っていて、ヤンキーからドラマ『池袋ウエストゲートパーク』のものまねをやらされていたんです。最初はキング役の窪塚洋介さんをやっていたんですけど、合いの手で『うっせーよ』と主人公の長瀬智也さんのものまねをしたら、それがウケて。
そこから『お前なに偉そうにしてんだよ、意味わかんねえよ』とかってやっているうちに、見ているヤンキーたちを従えた気分になりましたね。でも、ものまねが終わると『あんま調子のんなよ』って言われて、『すみませんでした!』っていう(笑)」
 
                         
                         
                         
                         
                         
                         
                         
                         
                         
                         
                         
                         
                         
                         
                         
                        





 
 
























