尊敬するふたりのカリスマ芸人

キンタロー。のものまねにおいて、声や仕草の再現度も高いのだが、どうしても前面に出るのは“顔面の強度”。一般的な形態模写が「どれだけ本人に寄せられるか」を競うのに対して、彼女の場合は、どちらかというと巧みなメイク技術でご本人をキンタロー。のキャンバスに投影すると言ったほうが近いかもしれない。

だからこそ、そこにズレが生じて「ヒドい顔芸なのに、なぜか似ている」という奇妙な説得力が生まれる。

最近の作品として、『ねぶた祭り』や『シャイニング(ジャック・ニコルソン)』などは、精密な再現というより、顔の強度をどこまで上げられるかという発想から導かれたネタだろう。彼女は計算ではなく、衝動で突き抜けるタイプの芸人であり、そこにはものまねの批評性よりも、純粋な衝動のエネルギーがある。それこそがキンタロー。の面白さなのである。

ねぶた祭りのねぶたのものまねをするキンタロー。(写真/本人Instagram)
ねぶた祭りのねぶたのものまねをするキンタロー。(写真/本人Instagram)

キンタロー。には、尊敬するふたりのカリスマがいる。ひとりはものまねレジェンドのコロッケ。彼女は女版コロッケを目指し、ものまねのレパートリーにもしている。もうひとりがハリウッドザコシショウで、「しつこいところを活かせ」「もっとクレイジーになれる」と助言をもらったことが、いまにつながっていると語る。

ハリウッドザコシショウの「誇張ものまね」も、ものまねか否かの賛否はあるものの、『オールスター後夜祭』(TBS系)の「誇張ものまねクイズ」では、ほとんど原形をとどめないにもかかわらず、わずかな要素からの正解に納得させられる瞬間がある。あれもまた、ものまねの系譜に連なる表現に違いない。

ものまね四天王時代にコロッケや清水アキラがスターたちのクセをパロディ化し、ハリウッドザコシショウが極限まで解体、再構築したものまね芸における誇張。いまでは、カオスなものまね芸で注目を集めるイチキップリンのように、もはやなにをやっているのかわからない領域まで踏み込む芸人も現れている。

キンタロー。も間違いなく、その系譜にあるだろう。彼女の場合は自らの顔の強度を武器に独自の壊し方を発見した。それは決して緻密な計算によるものではなく、純粋な「やりたい」という衝動からくるものだ。

こうした破壊と再構築は、ものまねの歴史の延長線上にある進化の形だ。ただ、破壊の要素がある以上、万人に受け入れられる芸ではない。

今回の炎上の大きな要因は、やはりSNSという“場所”にある。高市総理のものまねが炎上したのも同様で、世間の好感度や祝福ムードが絶頂にあるタイミングで、キンタロー。特有の“強い顔”が出てくれば、それを冷や水と感じる人は少なからずいる。