FRBはなぜ、「一時的」と見誤ったのか

大インフレが迫っているにもかかわらず、FRBのジェローム・パウエル議長をはじめとする政策担当者たちは、2021年を通じて「インフレは一時的(transitory)な現象だ」と繰り返し、事態を楽観視していました。なぜ、世界最高峰の頭脳集団がこれほど重大な見誤りをしたのでしょうか。

背景には、FRBが陥っていた一種の「成功体験の罠」があります。パンデミック以前の約30年間、世界経済は「大いなる安定(Great Moderation)」と呼ばれる、低インフレ・安定成長の時代を享受していました。

この頃のFRBの最大の敵は、高インフレではなく、むしろ物価が上がらない「デフレ」の圧力。FRBの思考の枠組みや経済モデルは、全てこの「デフレとの戦い」に最適化されていたのです。

20年8月には、この考え方をさらに推し進めた「柔軟な平均インフレ目標(FAIT)」という新しい方針を導入したばかりでした。これは、「過去にインフレ率が目標を下回っていた分を取り戻すため、一時的に2%を超えるインフレを許容する」というもので、FRBの政策判断に、より金融緩和を続けやすい方向へのバイアスを組み込むものでした。

そんな中、パンデミックという全く新しいタイプの危機が発生します。FRBはこの未知の事態にもかかわらず、供給網の混乱を「いずれ解消される一時的な摩擦」と捉え、労働市場が完全に回復するまでは、金融緩和を続けることが正義だと信じていました。

長年の低インフレの経験から「高インフレの時代は終わった」という思い込みが強かったため、物価上昇の兆候が見えても、それは「一時的」であるという証拠を探し求めてしまったのです。

しかし、現実は彼らの想定をはるかに超えていました。供給網の混乱は予想以上に長く続き、政府の給付金は人々の消費意欲を爆発させました。

データがインフレの持続性を否定できないほど明確になった21年末、FRBはようやく「一時的」という言葉を撤回し、急激な方針転換を余儀なくされたのです。この歴史的な誤算は、新しい世界に変わる中、古い地図を使い続けたことが原因だったと言えるでしょう。

なぜ、想像を超えることが起こったのでしょうか。それにはある理由があったのです。

「現金給付」と「金融緩和」が生んだ過剰な需要

今回のインフレを理解する上でまずおさえたいのが、経済を刺激するために投じられた資金が、まさに「桁外れ」の規模だったことです。

2020年から21年にかけて、トランプ前政権とバイデン前政権は、数次にわたる景気対策法を成立させ、合計で数兆ドルという、平時では考えられないほどの資金を経済に注入しました。その中心にあったのが、国民の懐に直接お金を届ける政策です。

40年ぶりの大インフレをなぜ世界は予想できなかったのか…FRBですら見誤った“歴史的誤算”の正体_2
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全国民への「現金給付(景気刺激策)」や、「失業保険給付の大幅な上乗せ」は、多くの家庭の所得を劇的に増加させました。

その結果、アメリカの個人貯蓄率は20年4月に32%という異常な水準にまで跳ね上がり、家計には「過剰貯蓄」と呼ばれる巨額の待機資金が蓄積されたのです。

この「32%」という数字がいかに異常かというと、パンデミック以前の平時、アメリカの個人貯蓄率は平均して7〜8%前後で推移していました。つまり人々は、税金を引かれた所得のうち、通常であれば100万円のうち7〜8万円を貯蓄に回していたのです。

それが32%にまで跳ね上がったということは、政府からの現金給付があった一方で、ロックダウンで旅行や外食といったお金の使い道が制限された結果、所得の約3分の1を消費せずに、そのまま貯蓄に回していたことを意味します。

いわば「使い道がなく、行き場を失ったお金」が「過剰貯蓄」の正体です。コロナ後の人々は、「政府からお金がもらえたし、パンデミックで旅行にも行けなかったから、その分、モノを買おう」と考えました。この潤沢な資金が、後々まで続く旺盛な消費意欲の、巨大な燃料タンクになったのです。

この政府による「財政出動」と並行して、前述の通りFRBも強力な「金融緩和」で経済を後押しし、世の中に出回るお金の量を爆発的に増やしたのです。

この財政と金融という「両輪」による超強力な刺激策は、人々の購買意欲を押し上げました。

これは単に「少なすぎるモノを、多すぎるカネが追いかける」という古典的なインフレの構図に留まらず、供給網が崩壊しつつあった特定の分野に対して、需要が異常なまでに集中したという、深刻なミスマッチにあったのです。

文/すあし社長 写真/shutterstock

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【目次】
1章 〈アメリカ〉 ドルという魔法は、いつまで続くのか
2章 〈中国〉 成長か、安定か、究極の選択に迫られる
3章 〈ロシア〉 「過去の栄光」のために、犠牲にする未来
4章 〈ヨーロッパ〉 「ひとつの家族」の理想と現実
5章 〈日本〉 世界が注目する「豊かなまま縮小」の行く道

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