2世代にわたる記憶や思想をしっかり組み込んだ構成
――ギリシャ出身で、フランスで活躍している映画監督ですね。
石田 はい。『Z』(1969年公開)という映画がありますね。実在のギリシャの学者で国会議員である人物をモデルにした民主運動家が主人公で、政治的な抵抗運動を描いた作品です。主演はイヴ・モンタンでした。
僕は1970年代にフランスで修行をしていたのですが、当時のギリシャは長い間、軍事独裁政権が続いていて、フランスにはギリシャ人の亡命者がたくさんいました。ソルボンヌのクラスメートにも、ギリシャ出身だけれど国には帰れない学生はたくさんいました。
イヴ・モンタンといえば「枯葉」などで知られるシャンソン歌手として有名ですけど、あの映画をきっかけに、知識人としての存在感を高めていくんです。政治的な役割も果たすようになっていきます。そういう時代背景の中で、僕はギリシャという国に関心を持ちました。
バルファキスのお父さんは、ちょうどその時代より少し上の世代です。軍政下のギリシャで投獄された経験をバネにして、新しい社会を描いていたようです。バルファキス自身は1961年生まれなので、まさにそういう先行世代の経験との断絶や連続を体験してきているわけです。
理想を掲げた父の世代に向けて、現代の世界の仕組みを語り直しながら、マルクス主義や社会主義がかつてどう語られていたか、それが今とどう違っているのか。この本は、そういった問いを往復させながら、物語を編んでいくんですね。
つまり、2世代にわたる記憶や思想をしっかり組み込んだ構成になっていて、とても読みごたえがありました。しかも、非常にわかりやすい。
それから、彼が以前に書いた『世界牛魔人――グローバル・ミノタウロス』という著作と同様に、ギリシャ神話を引き合いに出して語るスタイルがとても印象的でした。
教養のあるギリシャ人は本当に、文字通りギリシャ神話を“自分たちの語り”として血肉化しているんだなととても感心しました。そういうところも含めて、読み物として本当に面白い本だと思います。