スポーツ漫画の文法を導入するには

歴史マンガ『センゴク』の連載準備期間のうちに、数巻分の展開は具体的に準備しておく必要がありました。

まず決まっていたことは、姉川の合戦における山崎新平との一騎打ちを山場にするということ。一騎打ちを『仙石家譜』で見つけたときから、それは決まっていました。

『ヤングマガジン』の漫画を研究すると気がつくのは、ヤンキー漫画ではおよそ「第5巻」くらいから「抗争編」が始まるパターンが確立しているということです。

たとえば原作・木内一雅さん、漫画・渡辺潤さんの『代紋TAKE2』では第4巻・第5巻で抗争が始まっています。「抗争編」が始まることによってストーリーが一度ピークまで盛り上がり、その後も目が離せなくなるようにできている。だから、僕も「第5巻」に一騎打ちを持ってくれば、理想的な構成になるだろうと考えました。

『代紋TAKE2』第5巻(1991年、原作・木内一雅、漫画・渡辺潤)
『代紋TAKE2』第5巻(1991年、原作・木内一雅、漫画・渡辺潤)
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ではそこまでの持っていき方をどうするか。結論からいえば、「スポーツ漫画」の文法を大胆に応用することにしました。なにしろ先行作品のなかに僕の漫画文法にうまく当てはまるものが見つからず、歴史読みもの的な漫画文法を自分なりに一から考えないといけない。ならば、漫画の基本であるスポーツ漫画に立ち返ろうと思ったのです。

スポーツ漫画はなぜ漫画の基本なのか。これには編集者の山崎稔さんの至言があります。「スポーツ漫画のいいところは、どんなに登場人物たちの人間関係がこじれても、試合さえ終わればすべて解決! どれだけお話をこんがらがらさせても収拾をつけられる」。

映画の『ロッキー』などはまさにそのように出来ていますよね。スポーツ漫画には試合という区切りがあるのがわかりやすく、取り付きやすいジャンルだということです。

『ロッキー』(1976年)
『ロッキー』(1976年)

戦国時代の合戦はいわば「集団戦」ですから、スポーツ漫画の中でもとくにチームスポーツには参考にできるところがたくさんあるのではとも思われました。戦国時代の兵というのは、ちゃんとした訓練を受けた専門の軍人というわけではありません。

東郷先生も口を酸っぱくして教えてくださったことですが、戦国時代の合戦は近代化された国民国家の軍隊の戦闘とはまるで違う。そのリアリティを描こうとすると、ことのほかスポーツ漫画の部員のイメージがぴたりときました。育ちも考え方もモチベーションも異なる「野郎ども」。彼らを一つの軍としてまとめあげることを想像してみると、まさに統率とは「部員を扱うが如し」。

ヤンキーを立派な部員に仕立てあげていくかのように、リーダーはとにかく覇気を見せつける。戦も大きい声を放って「お前らも声出せ!」と、自軍を鼓舞して敵軍を怯えさせるところから始まる。

その上、当時の兵は、士気も習練度もところによりバラバラ。時代や地方によって乱雑さの程度は様々ですし、織田軍団の内部でもどの武将の配下かによってかなり違う。スポーツ漫画の文法に置き換えてみると、不良だらけのチームもあればエリートの強豪校もあったということ。そんなふうに戦国時代とスポーツ漫画を繋いでみると、思いのほか実にしっくりくるたくさんの符合があったのです。