コンセプトは『信長の野望』のような漫画

2003年の暮れにデビュー作「ヤマト猛る!」の連載に区切りをつけた僕は、「30万部」売れる漫画を「3ヶ月以内」に連載開始するという大きな目標を掲げました。

時間的には相当追い詰められていたわけですが、限界まで追い詰められて、ようやくいいアイデアが浮かびました。

『信長の野望』のような漫画を仕立てるということ。

これだ! と思いました。『信長の野望』は、言わずと知れたコーエーテクモゲームスの歴史シミュレーションゲームの大ヒットシリーズ。あのような漫画体験をつくれたら最高に面白いじゃないか? 

僕自身も小学生くらいのときに『信長の野望 全国版』をプレイして以来、ずっとシリーズを追っていましたし、ああいう感じで漫画にもたくさんの武将を出せたら、すごい作品になりそうだ。

『信長の野望』を漫画化する、という新しいアイデアをひらめいたことで、歴史ものという群像劇の難しさを突破できそうな感触を得ました。

PlayStation版『信長の野望 全国版』(1998年)
PlayStation版『信長の野望 全国版』(1998年)
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余談ですが、ウェブのインタビュー記事にもなっている『信長の野望』のプロデューサーであるシブサワ・コウさん(襟川陽一さん)のエピソードも紹介しましょう。

『信長の野望』のプロトタイプができあがって、シブサワさんが初のテストプレイ。何時間もテストプレイして、クリアし終えて大喜び。てっきり「良いゲームができた」から喜んだのだろうと思いきや、そうではなく純粋に「天下統一した」ということが心底嬉しくて、やったー! と声を上げたのだそうです。

プロデューサーという社会的な自我を完全に忘れて、一人のプレイヤーとして熱中しておられたわけです。そして、よくよく考えるとそれってすごいことです。

シブサワさんのお人柄もあるのでしょうが、そこまで心からのめり込めるというのは、やはりゲームの仕組みが非常に優れているからです。人を現実世界から引き剥がして、紙面や画面の中に没入させてしまうとんでもない力。そういう体験づくりというのが、ゲームであれ、漫画であれ、目指すべき作品の「理想」ですよね。

では『信長の野望』のどこがそんなに優れて面白いのでしょうか。それは「わかりやすさ」だと僕は考えました。全国の武将の動きが一覧でき、刻一刻と情勢が変化していく感じ。「××家は滅亡しました」という通知が流れてくるあの感じですね。

それに、武将の処遇や領地経営の各種コマンドのわかりやすさ。それぞれがきちんと数値化されていることもポイントでしょう。

映画やドラマの合戦シーンは「わーっ」とした合戦場を映し出しますが、複数の国の動きや意図が一覧的にわかるようにはなっていません。そのシーンだけをみて、戦国時代の歴史が大きくどちらに向かっているのかわかるようにはなっていない。

その点、『信長の野望』は実によく画面が設計され、戦の前後で情勢がどう変わったかが一目瞭然なのです。

合戦のイメージ 写真/Shutterstock
合戦のイメージ 写真/Shutterstock

『信長の野望』的なわかりやすさを追求するならば、と、いっときはコマのなかに「ゲーム的なコマンドや数値」を描いてしまおうかとも思いましたが、漫画的にはぎこちなさがある。

そこで「オープンワールドのシミュレーションゲーム」という方向性で作劇イメージを膨らませていきました。合戦場面になったら、背景や地図に武将のアイコンを並べてシミュレーションゲームの画面のように描くイメージですね。とくに連載初期の頃には、まだ歴史の勉強が浅かったこともあり、そのようなやり方で『信長の野望』への自分の欲求を満たすことになりました。