ネットで増幅された個人の妄想の暴発か…
有名なケネディ暗殺で銃撃犯とされているリー・ハーベイ・オズワルド元海兵隊員が、ソ連に亡命したことのある人物だったこともあって、「大統領暗殺」と言えば「政治的な謀略」のイメージが強いですが、実際には女優のストーカーだったレーガン銃撃犯のような妄想型犯行のほうが多いのが現実です。
妄想型の暴発というのは、米国に限らない話ではあるのですが、米国はとにかく銃器の入手が容易なため、個人の暴発でも大きな事件を起こすことが比較的容易ということです。
ただ、近年は米国でのテロ全体で、極右思想を背景にしているパターンが主流になっており、政治家を狙うテロの動機でもそうしたケースが増えています。
たとえば2008年の大統領選では、黒人初の有力大統領候補となったバラク・オバマを狙う計画が3件、明らかになっていて、計5人が逮捕されています。いずれも具体的な行動には出ていませんが、白人至上主義グループに連なる過激な人物たちでした。
大統領あるいは大統領候補以外でも、議会の大物が狙われたのが、民主党の大物議員だったナンシー・ペロシです。2022年10月、Qアノンを信じる陰謀論者のカナダ人が、彼女を拉致する目的でサンフランシスコ市内の自宅に侵入。
彼女は留守でしたが、居合わせた夫の頭部をハンマーで殴打し、頭蓋骨骨折という重傷を与えています。
2021年1月のワシントンでの議事堂襲撃事件でも、襲撃者の一部はペロシ下院議長の執務室を占拠したり、トランプが敗れた大統領選挙の結果を認めたマイク・ペンス副大統領を名指しして「見つけて吊るせ」と叫んだりする人物がいたことがわかっています。
ただ、こうした犯人たちは、政治的な動機とはいっても、Qアノンを信じる特殊な陰謀論信奉者ということになります。
今回のトランプ暗殺未遂犯である20歳のトーマス・マシュー・クルックス容疑者がどうした動機を持っていたかは、FBIの捜査で今後、明らかにされるでしょう。現代のこうした事件の犯人たちの思想や人脈などは、本人のスマホやパソコンに残されたデータやアクセス履歴などで判明することがほとんどです。
政治的犯行の側面があったとしても、特に左右の組織の指示ということでなく、ネット活動で増幅された個人の妄想の暴発の可能性があります。仮にそうした犯人像だった場合は、テロ対策機関としては逆に事前察知が困難で、危険度が高いのが現実です。
文/黒井文太郎