映画を映画たらしめるものとは

ここでTV &配信作品の最新事情に戻ってもよいのだが、せっかくなので新生「ロードショー」の船出に際して、映画誕生から100年以上が経った今、改めて議論を呼んでいる問いについて最後に考えてみたいと思う。それは、”映画を映画たらしめるものはなんなのか”ということだ。

言うまでもなく劇場にかけるつもりで作った映画が配信オンリー(ひと昔前ならDVDスルー)になってしまうというケースや、TV映画が本国以外で劇場公開されるというパターンは大昔からある。今年の賞レースをわかせた『コーダ あいのうた』(2021)はサンダンス映画祭で評判を呼んだ映画で、日本では劇場公開作品だが、AppleTV+の配給作品なので基本的には配信が中心だ。また、興収もスクリーンも寡占するアメコミヒーロー作品への批判は全米のメディアや批評家の大御所からもあがっているが、私が言いたいことは今年のアカデミー賞候補作をみてみると伝わるのではないかと思う。

今年のアカデミー賞にもこうした視点は強くあったと思う。Netflix映画として『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021)が作品賞の頂点を極めるのか否かが、争点の一つだったからだ。ここで視点を作り手に変えてみよう。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は最初からNetflixでの配信が中心となることが決まっていた作品だ。しかし、撮影監督でオスカー候補のアリ・ワグナーと監督のジェーン・カンピオンは、自分たちの描きたいイメージやロケハンを行う中で、それらはクラシカルなワイドスクリーンで撮られるべきだと確信した。だからこそ、タブレットなどで見る際には上下に少し黒みが入る横長のシネスコで撮ることに決め、Netflixを説得したのだという。*1

動画配信サービスが映画監督の救い手である理由_d
『パワー・オブ・ドッグ』はジェーン・カンピオン監督にアカデミー監督賞をもたらした
写真:AP/アフロ

同じくアカデミー賞候補になったApple TV+の映画『マクベス』(2021)の撮影監督ブリュノ・デルボネルは、正方形に近いIMAXのサイズを意識して撮ったと語っている。例えばクローズアップなどにおける俳優の存在感を確立する際に、左右に空間があることを最適とは思わないといった考え方からだ。この作品がIMAXにかかることはまずないだろうが、すべてにおいてIMAXに対応できるクオリティで作られているということなのだ。*2

動画配信サービスが映画監督の救い手である理由_e
2021年12月、『マクベス』のプレミアに現れたデンゼル・ワシントン、フランスシ・マクドーマンド、ジョエル・コーエン監督(左から)
写真:REX/アフロ

ほかにも多くの例を挙げることができると思うが、最終的に世に出る形が配信であったとしても、作り手のビジョンや映像作品としての挑戦に妥協しないクリエイターたちが目立ってきている。そうした動きに対して、即座に動画配信サービスを悪者にはできないだろう。なぜなら、カンピオンのような優れた監督がなぜ長年、長編映画を撮ることができなかったのか、また、ジョエル・コーエン監督の『マクベス』のような極めて実験的かつ芸術性の高い作品が、今の時代に劇場公開作として企画が通るのか、と問うてみればいい。いずれも動画配信サービスがなければ成立しなかった企画だろう。そう考えると、映画のある種の多様性を担保しているのは以前なら有料ケーブルチャンネルだったかもしれないが、今では動画配信サービスがその役割を大きく担っていると言える。

多くの観客は配信で見るであろうことが想定されてはいても、クリエイターの中にはあくまでも自分たちの表現したいものにふさわしいフォーマットを選び、その作品にふさわしい形として劇場で上映されることを念頭に置いて作っている人々がいる。そんな彼らの作品に賭ける思いを、誰よりも汲み取らなければならないのは映画ファンではないのだろうか。産業的な変化のダイナミズムの中で、葛藤しながら挑戦を続けるクリエイターたちの最前線が動画配信サービスにもあることは間違いないのである。


参考資料
*トークイベント「松崎健夫&春日太一~アカデミー賞特別篇2022」