「主人公には、心にふたをしないでほしい」
——連載中の『200m先の熱』は大人の恋愛ものですが、コミックスのコメントで「恋愛面をもっと踏み込んでディープに描いていきたい」とおっしゃっていましたね。
かっこいいことばっかりじゃなくて、“みっともなさ”みたいなことも描きたいです。お楽しみに…という感じですかね(笑)。
——桃森先生の作品では、女の子たちが好きな相手に対して抱く欲望のようなものがしっかりと、でも自然なこととして描かれているのが素敵だなと。『200m先の熱』の紬のような大人はもちろん、『ハツカレ』の主人公のちひろにもそのようなところがありました。
特に意識して描いたつもりはないのですが、主人公には素直になってほしいな、心にあんまりふたをしないでほしいな、という気持ちはありますね。例外だったのが、『悪ラブ』(『悪魔とラブソング』)のマリアかなとは思うんですけど。
——たしかにマリアは、いわゆる素直な子ではないですが、自分を偽らない、素敵な子でした。《きっとまわりの人が 好きになったりわかってくれたりするのは 外見じゃなくて うそのない自分のきもちに対してだと思うんだ》というマリアのセリフは読みながら、それしかないよね!とグッときました。
うれしいな、ありがとうございます。まぁ、私がヘタレ好きなので…人のあまり良くない面とか、ダメなところとか、みっともないところを見せてくれたとき、心を開いてくれたときに、きゅんとする感情を持ちがちなんですよね。だからそのセリフを書いたのかもしれない(笑)。
——紬も、平良さんのヘタレなところを見てものすごくきゅんとしていますよね。でも5巻では、そこで終わらず、そのあとに「あなた自身がなりたい姿ではないかもしれないのに」というモノローグが続きます。
何かしらの「萌え」を持っている人はみなさんそうだと思うのですが、自分が抱いていた罪悪感のようなものが可視化されたようでハッとしました。
平良さんは年相応でしっかりとした男に見られたい、一人前の風貌と中身になりたいと思っているのに、そうじゃないことにコンプレックスのあるキャラです。なので、そこを好きだと言われても馬鹿にされていると感じるかもしれない。自分の嫌いな部分を相手は好きだというわけですから、矛盾をすぐには消化できないはず。紬は肌でそれを感じているのかもしれませんね。
——それがわかっていてもなお、その萌えが消えないのもいいなと。コミックス1巻のコメントでは「この200mは何より『私の萌え』を重視して作っております」と書いていましたね。
紬のフェチは私のフェチでもありますが、こういう思考を持っている女の人も、実は多いと思うんですよね。
——同じフェチの方もいると思いますし、対象は違っても「わかる」と思う人は多いと思います。今回、ご自分の萌えを重視しようと思われたのはなぜなのですか?
単純に、私が萌えること、好きなことを入れたほうが話を作りやすいと思ったのが大きいです。あとは、「クッキー」の読者にとっては知らない漫画家が始める連載になるので、「私はこういう部分が好きな漫画家で、それを描きます」ということを、最初に打ち出さないといけない、とも思いました。
——実際、お話は作りやすいですか?
はい、とても。苦労はまったくしていないです。自由にやらせてもらっていますし、でも頼るところは頼って、適切なアドバイスをいただいて。本当に楽にやれています。時間さえあれば、どんどん話を先に進めたい、もっといっぱい描きたい!と思いながら描いています。実際、今はマーガレットで連載していたときより月産枚数は多いんですよね。なのでこれ以上描くのは無理なんですが、本当に早く話を進めたいです。描きたいシーンがあって、そこに早くいきたいですね。