フランス人の歴史観にも影響を及ぼした『ベルサイユのばら』
日本における、フランス最後の王妃マリー・アントワネットへの関心は非常に高い。もはや語るまでもなく、漫画家・池田理代子(以下、池田)が手掛けた少女漫画『ベルサイユのばら』(通称『ベルばら』)の影響がある。
フランス国内では、浪費家であったマリー・アントワネットは、国民を苦しめた浅はかな王妃というレッテルが貼られている。
だが、ユダヤ系オーストリア人のシュテファン・ツヴァイクは伝記小説『マリー・アントワネット』(1932年刊行)の中で、かつての敵国オーストリアから嫁いできた王妃の満たされない結婚生活や、無知で享楽的な面に触れつつも、打倒王政を目指す当時のフランスでは、彼女を必要以上に悪女として仕立てあげたと指摘している。
池田は高校生の時にツヴァイクの小説を読み、一国の女王としての自覚が希薄だったアントワネットが、不幸の中に投げ込まれたことによって自分が何者であるかを悟り、成長していく姿に感銘を受け、いつか彼女の生涯を作品化したいと思ったという。
意外かもしれないが、オスカルではなく、マリー・アントワネットの生涯を軸に、史実とフィクションが交錯する壮大な歴史ロマン『ベルサイユのばら』(以下ベルばら)は誕生したのである。
『ベルばら』の影響もあり、アントワネットに好意的な日本に対し、本国フランスではやはり「国を揺るがした悪女」という見方が一般的だ。国旗が「自由・平等・友愛」を示すトリコロールであり、革命歌<ラ・マルセイエーズ>が国歌であることからも明白な通り、フランス国民は自分たち市民(シトワイヤン)の手で自由を勝ち取り、現在の共和国を築いたという自負がある。
共和国樹立の名のもとに、国庫を浪費した罪で処刑されたマリー・アントワネットに嫌悪感を抱くことは致し方ないことなのかもしれない。
だが近年、フランス国内で、『ベルばら』を読んだことで認識を改めさせられたという声も上がっているのだ。
実際、池田が2013年にフランスのオランド元大統領が訪日した際のレセプションに招待された時、フランス側の随行者から「あなたの描いた『ベルばら』でフランス革命史を勉強した。読んでいなければ、アントワネットをただ贅沢三昧の嫌な女性だと思っていた」と告げられたという。
フランス人の歴史観にも一石を投じている『ベルばら』は、国境をも超える不朽の名作なのである。