実はもともとテレビシリーズだった!?

しかし、その後、監督のウォルフガング・ペーターゼンはアメリカに渡ります。莫大な予算と豪華な出演者と共にダイナミックなエンタテインメント作品を次々に作っていきますが、『U・ボート』のような衝撃を受けることはありませんでした。

どうしてなんだろうか? ハリウッドが監督の個性をスポイルして平均的な作風に変化させてしまったのだろうか?

「アメリカのような資金力はなくとも、ドイツではアイデアひとつですごい映画が生まれている!」 1982年、17歳の樋口真嗣に灼きついた、『U・ボート』の疾走感_04
ウォルフガング・ペーターゼン監督(写真は2004年ごろ)
©Capital Pictures/amanaimages
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それから程ない1985年、レーザーディスク(当時の映像ソフトの最高峰はコレでした)で、『U・ボート』のテレビシリーズ版がリリースされます。 テ、テレビシリーズ?

当時ヒットした映画はよくテレビドラマ化されていました。映画をダウンスケールして、その代わりに長い時間で掘り下げていく——まあ余程のことがない限り映画のインパクトは希釈されるけど、テレビで観られるからいいや、という代用品のような存在でした。
そういった手合いかなと思いきや、映画『U・ボート」は、もともとテレビシリーズとして企画されたものだというではありませんか! つまり我々を虜にした映画『U・ボート』は総尺313分からなるテレビドラマの総集編だったのです。

テレビドラマなのにあの規模なのか、という驚愕はひとまず置いといて、すべてのエピソードが丁寧にゆったりとくまなく描いてあります。よく言えば実直。丁寧すぎて正直退屈です。あの有無を言わさず次から次へと起こる困難をドライに積み重ね、冗長になりがちな愁嘆場を排除した禁欲的かつスピーディなコンストラクションは、総集編として全てのエピソードをくまなく紹介するための策だったのではないか?
 それはまさに、ハリウッド進出以後、ペーターゼンの映画のつくりが変わってしまったように見える原因ともいえるのです。

そして1997年には監督自ら208分に再編集をしたディレクターズカット版『U・ボート』が公開されますが、それもまた最初の劇場公開版の衝撃を凌駕するものではありませんでした。 もしかしたら高2の時に観たがゆえの、単なるインプリンティングなのかもしれませんが。

とにかく、あの当時は、初めて観たドイツ映画にやられ、「ひるがえって見るにわが国はどうか? アメリカのような資金力はなくとも、ドイツではアイデアひとつでこのような素晴らしい映画が生まれているではないか!」 と、高校生の分際で知ったような大口を叩いていたなと振り返っている訳ですよ。ああ恥ずかしい…。 

U・ボート』(1981) Das Boot 上映時間:2時間29分 西ドイツ・イタリア・フランス・イギリス
監督・脚色:ウォルフガング・ペーターゼン
出演:ユルゲン・プロホノフ、ヘルベルト・グレーネマイヤー他

「アメリカのような資金力はなくとも、ドイツではアイデアひとつですごい映画が生まれている!」 1982年、17歳の樋口真嗣に灼きついた、『U・ボート』の疾走感_05

©Capital Pictures/amanaimages

第二次世界大戦中、主にイギリス船舶を海中から攻撃し、恐れられたドイツの潜水艦、通称“Uボート”。狭く暗く劣悪な艦内環境の中で、任務を果たし、また生還するために極限の努力を積むドイツ兵を描いた、戦争ドラマ。アカデミー賞では6部門にノミネートされるなど世界的な評価を得、ペーターゼン監督(『エアフォース・ワン』1997、『トロイ』2004)のアメリカ進出の足がかりとなった。続編テレビシリーズがWOWOWで配信中。