疾走感をかもし出す、不可能な速度のカメラワーク

フリッツ・ラング監督の『メトロポリス』(1927)以来、ドイツ映画史上最大の予算がかけられたこの作品。デビュー作でこの大作を任せられるってすごいです、ペーターゼン。第二次世界大戦中に大西洋で連合国側を恐怖のどん底に陥れた潜水艦、Uボートの知られざる過酷な日常をストイックに積み重ねていきます。

ドイツ映画なんて高校生にしてみれば初めて観るので知ってる役者もいないし、長期航海で月日が経つに従って髭や髪が伸びていくので誰が誰だかわからないし、そもそも狭くて汚い潜水艦の中でずっと話が進むので観てるだけで閉塞感で息が詰まります。 

「アメリカのような資金力はなくとも、ドイツではアイデアひとつですごい映画が生まれている!」 1982年、17歳の樋口真嗣に灼きついた、『U・ボート』の疾走感‗02
狭い館内で薄汚れていく男たちの描写がリアル
©Capital Pictures/amanaimages

冒頭の出港前の乱痴気騒ぎ以外に女性キャストは一切出てこないし、潤いや楽しみの一切ない映画なのです。ではそれが退屈なのかといえばメチャクチャ面白かったのです。おそらくその時期に公開された映画に共通するクリシェとして挙げられるのは、“疾走感”ではないでしょうか。
映画の中で走り、飛ぶ——しかも限界を超えるかという速度で——被写体をそれに限りなく近い速度で追跡、もしくは随伴する視点。被写体を取り巻く風景は高速で流れ明暗は混じり合い、消失点に向けて収束していきます。

1977年全米公開の『スター・ウォーズ』(1977)に始まった、フレーム内に消失点を入れ遠近感を誇張させた一点透視法の構図を高速移動する主観カットは、ジャンルを超えて流行しました。 同ジャンルの『エイリアン』(1979)や『スーパーマン』(1978)は言うに及ばず、カーアクションの『マッドマックス』(1979)やホラーの『シャイニング』(1980)や『死霊のはらわた』(1981)でも多用。 
手持ち撮影時の防振装置、スティディカムや、ヘリコプターの外側に張り出して前進方向の空撮ができるウエスカムといった先進的な撮影機材の登場も、新たな映像表現を後押ししました。

その流れを受けて『U・ボート」でも、緊急潜航が発令され、少しでも速く潜るために狭い艦内を艦首へ向かって走り抜ける乗組員を追いかけていくキャメラが、小さい水密扉を潜り抜けていく。
手持ちカメラでは到底不可能なスムーズな挙動だけど、ステディカムではどう考えても人が潜るのがギリギリの水密扉は通り抜けられないはず! 今でも謎。

敵の駆逐艦の目を逃れるには長期にわたる潜航以外にないが、時には浮上して海面に出ないと水中航行に必要なバッテリーが充電できない。唯一のチャンスは視界の悪いシケの時。荒れ狂う波濤が折り重なる海上に浮上し、大波に翻弄されながらも進むUボート。

乗組員が艦橋の見張り台にしがみつきながら波飛沫を浴び、ジェットコースターのようにアップダウンを繰り返すその開放感、疾走感に嬌声を上げます。それまでのどちらかと言えば長閑な印象さえあった海戦ものの視点を大胆に変えて、体感速度を速めることで緊張感を生み出していたのです。

「アメリカのような資金力はなくとも、ドイツではアイデアひとつですごい映画が生まれている!」 1982年、17歳の樋口真嗣に灼きついた、『U・ボート』の疾走感_03
海面のシーンですら爽やかさよりは緊迫感を放っている
©Capital Pictures/amanaimages

ほかにも水圧に耐えられなくなった艦内の構造材を留めていたボルトが弾け飛び、銃弾のような速度で無秩序に襲いかかる描写は忘れられません。自分たちを守ってくれるはずの鋼鉄の揺籠が一転して凶器になり、観てるこっちも恐怖のどん底行きです。

動かし方、見せ方だけでこんなにも印象が変わるのか? それが同じ第二次大戦で負けた同盟国で誕生するとは!