「さぎぬま幼稚園」に残る伝説
さぎぬまSCから4人もの選手を日本代表へ送り出せたのはなぜか? その理由は4つある。
1つ目が、卒業生が学生コーチとして戻ってくる伝統があること。フットサル日本代表の木暮監督も学生時代にさぎぬまSCのコーチを務めていた。卒業生たちがこのクラブの循環を支えているのだ。
2つ目が、さぎぬまSCならでの環境。このクラブの母体となるのがさぎぬま幼稚園だ。この幼稚園には“ある伝説”が残されている。愛息が18期生として入団してからの歴史しか体験していない澤田代表は、この伝説を語るとき、少し神妙な面持ちになる。
「私も見たことがなくて、聞いただけの話なのですが……うちの1期生や2期生たちがさぎぬま幼稚園でサッカーをやっていたとき、その“質”がものすごかったようです。普通、幼稚園生のサッカーといえば、ボールの周りに集まる、いわゆる“団子サッカー”になりますよね。
でも、当時のさぎぬま幼稚園の子どもたちはサイドをドリブルで駆け上がり、センタリングをあげて、ゴール前に走りこんだ選手が合わせるというサッカーをしていたらしく。幼稚園生でそこまでのサッカーができる子どもたちの受け皿が必要だ、ということで立ち上げられたのがさぎぬまSCだったというのです」
そうした伝統があるからか、コーチとして戻ってくる卒業生も、このチームに入ってくる新入生も、「さぎぬまSCで取り組むべきサッカーとはどのようなものなのか」という絵を描きやすかった。それが多くの優秀な選手を輩出する要因の1つともなった。