バイク愛に満ちた本屋

愛といえば、2021年11月に変わった名前の本屋ができた。その名も「本と、珈琲と、ときどきバイク。」だ。コンセプトはバイクと出逢うための本屋。バイク愛に満ちた世にも珍しい店はどうやって生まれたのか。

高校時代にバイクと出会ってからその美しさに惚れ込んだ店主の庄田祐一さん(35)。美大を経てバイクメーカーに就職したが「この組織の行く先に自分の居場所はない」と感じ、次の道を模索するようになった。そんな中でバイク本体のモノづくりよりも、バイクと人とを繋ぐ場所の存在や出会い方のほうが重要だと考えるようになる。バイクといえばやんちゃ、メカ、レース、男臭さといったイメージがあるが、それだけが全てではないはずで、もっと万人に開けたアプローチが必要だとずっと考えていた。ではバイクに乗る・乗らないを分ける境界線は何なのか。そこは好奇心が大きく左右するのではないかという持論のもと、そういった感性を培うのに最適な場所とはどんな場所か。庄田さんが導き出した答えが本屋だったのだ。

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店主の庄田さん(撮影者:和氣正幸)

筆者はバイクに乗らない。だから庄田さんの仮説が正しいかどうかには半分しか答えられない。本屋、特に独立書店に来る人は確かに好奇心が強い人が多いように思う。だから半分は正しいと言えるだろう。しかし、バイクに興味があるかというと、どうだろうか。考えてみよう。

例えば、上記のような感性を持った人は旅に憧れを持つ人も少なくないのではないか。実際、筆者の店でも旅の本はよく売れるし、この想定は大きく間違ってはいないだろう。つまり、旅の本を読んで旅に出たくなる。知らない場所・知らない人に会いたい。そこで何かを知り、感じ、自分をアップデートしたいと思うようになる。その時の足として身軽なものはないか。そう考えた時に「バイクに乗れたら……」と思ったことが筆者にもある。なるほど。バイクと本はそう遠い存在ではないようだ。

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店内のあちこちにバイクのフィギュアが置いてある(撮影者:和氣正幸)

だからだろうか。庄田さんの店には旅の本が多いように感じた。店内にはほかにも食の本や感受性や美意識といった人の気持ちに寄り添える本も並ぶのだが、あえてバイクの本を少なくしたのは、直接的ではなく遠回しにバイクの魅力を伝えていくようなこのスタイルこそが、バイクのことを知らない人たちに「なんかバイクって良いかも」と感じてもらい、未来の素敵な潜在ライダーが増えるための大事な要素なのではないかと庄田さんは語る。「だいぶ少数派ですけどね(笑)」とも。

たしかに本棚を眺めていると旅の本を始めとした筆者の好きな本もたくさん並んでいたが、正直なところ、今回の取材だけではまだバイクとの間には距離を感じた。だが、もし何度か通う機会があったら何かの拍子に好きな旅の本の隣にあるバイク雑誌を読んでみたくなるかもしれないし、買った本について併設のカフェで語り合えたらバイク沼にハマってしまうかもしれない。そう、この店はバイク好きが本好きを同じ沼に誘い入れるために仕掛けた比類なき罠なのである。カウンターの向こうで静かに微笑む庄田さんの顔が悪魔に見えてきた。彼もやはり並々ならぬこだわりを持って一つの空間を作り上げた店主の一人なのだ。

さて、これまで筆者がいまオススメしたい個性の強い独立書店3店を紹介してきた。しかし最後に言いたいのはどこの店もどこの店主も、それぞれの信念があり個性があるということだ。だから、筆者はこう唆す。どこかのタイミングで店主に話しかけてみるといいと。いつも行っている店のいままで知り得なかった魅力に気がつくかも知れないから。

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本屋には見えない外観(撮影者:和氣正幸)

【本と、珈琲と、ときどきバイク。】
住所:静岡県掛川市富部150-7
電話:080-6364-1872
営業時間:11:00〜20:00
定休日:木曜日
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