総理には目も向けず、手元の原稿を見つめる奇妙な記者たち

司会者だけではなく、質問した記者8名全員に共通する奇妙な行動も私は現地で目撃した。

まず、質問時に8名全員が、質問内容が書かれたA4サイズの紙(8人目のジャパンタイムズのみスマホ)を持って、スタンドマイクの前に移動した。そして、なぜか質問相手である岸田総理のことはほとんど見ず、常に手元に視線を落として、完全に紙を読み上げる形で質問内容を発言したのだ。

時おり岸田総理に視線を移すなどの余裕が見られたのは、ごく少数の記者だけだった。他の記者会見でもメモを見ながら質問する記者を見かけたことはあるが、ここまで完全に紙を読み上げるスタイルはこれまで見たことが無いし、それが8人連続で続くのは余りにも奇妙であった。

そもそも、首相官邸ウェブサイトで公開されている質疑全文を見れば分かる通り、記者たちの質問はそこまで複雑ではないし、長くもない。十分に暗記できる内容といえるだろう。加えて、質問している記者たちは、いずれも大手メディアを代表して総理大臣記者会見に参加しているのだから、きっと優秀で、記憶力も高いはずだ。

そのような優秀な記者たちが揃いも揃って、単純な質問をするのに原稿から目を離さず、本来しっかり見るべき質問相手の岸田総理を見ることもほとんど無い。これらを見るに、もうひとつの疑念を抱いた。

それは「記者は事前に提出した質問を一字一句間違えず、正確に読み上げなければならない」ことが、暗黙のルールになっているのではないかということだ。

官邸報道室がそのように圧力をかけているのか、それとも記者たちが自発的にやっているのかは定かでないが、こうした疑念を感じるほど、質問時の記者の手元の紙への食いつきっぷりは異様であった。

*官邸報道室が内閣記者会の質問を事前に把握していることは国会(2020年3月2日 参議院 予算委員会 蓮舫議員の質問に対する安倍総理答弁)で政府も認めている。詳細は当日会議録の発言No290〜303参照

ちなみに筆者は今回、官邸報道室から質問を事前に聞かれる機会は無かったし、今後、質問の事前提出を求められても応じるつもりは一切ない。それによって指名のチャンスはさらに遠のくであろうが、はっきり言って台本ありきの「会見ごっこ」に加担してまで指名されたいとは思わない。

こうした予定調和な総理会見の進行を黙認する内閣記者会のことを、一部で「劇団」と揶揄する声もあるが、私は今回、この光景を目の当たりにして「劇団」にすら達していないと感じた。

仮に内閣記者会が「プロの劇団」だとすれば、総理大臣記者会見は重要な「本番の舞台」である。しかし「劇団員」である記者たちは、台本(原稿)から頑なに目を離さず、共演者の顔を見ることもなく、ただただセリフ(質問)を読んでいるだけ。これではただの「本読み」だろう。

つまり、内閣記者会と総理は、台本を読み上げるという「内輪の稽古風景」をあろうことか「本番の舞台」で公開しているに等しい。観客がいたら「金、返せ!」と罵声が飛んでくるレベルだろう。これを「劇団」と呼ぶのは、本職の劇団員の方たちに、あまりに失礼ではないか。


*本記事は筆者が会見翌日(8月11日)にtheletter 「犬飼淳のニュースレター」 https://juninukai.theletter.jp/about で配信した現場リポート https://juninukai.theletter.jp/posts/7951cb30-1978-11ed-a012-f5b1c509e1f1 を加筆・修正して掲載しています。ただし、さらに深刻な一部の内容は省略しているため、現実を知りたい場合はtheletterを参照ください。


文/犬飼淳 写真/小川裕夫