現場の苦境を「気のせい」と言い捨てるに等しかった政府
直接の引き金は中東での戦争であり、ホルムズ海峡の封鎖だ。しかし問題は、そこではない。問題は政府が発信した情報が、あまりにも曖昧なままだったことにある。
象徴的だったのが、木原官房長官が4月17日の記者会見で、「石油ショックとは思っておりません」と発言したことだ。過去の石油ショックとの比較を否定し、国民に冷静を呼びかけるメッセージのつもりだったのだろう。
しかし、すでに現場で供給制限や価格高騰に直面していた企業にとって、この発言は逆効果だった。「必要量は確保されている」という言葉と、目の前で届かなくなっていく資材の現実がまったく噛み合わない。
政府が現場を把握していないのではないかという不信感が広がり、その発信を信用せずに、むしろ自己防衛的な動きをすることに拍車をかけた。「石油ショックではない」という言葉は、現場の苦境を「気のせい」と言い捨てるに等しかったのだ。
もう一つ、見過ごせない問題がある。ガソリン価格の話だ。政府はガソリン補助金を再開し、170円を超える部分を全額補助する変動型の仕組みで、店頭価格を170円程度に抑制している。
確かにガソリン価格は落ち着いて見える。「高市政権のおかげでガソリン代が上がらない」と言う人もいる。しかし原資は税金であり、財源がどう変わっても「消費者が後から負担する」という構造は何も変わらない。
消費者は給油のたびに「安く済んだ」と感じるかもしれないが、その分は後から税負担として回ってくる。価格統制の見た目だけを政策の成果と錯覚させる構造は、まさに政府の失敗の延長線上にある。
企業は最悪のシナリオを前提に動くしかない
企業が経営判断を下すには、具体的な情報が要る。備蓄は取り崩すのか。いつまで備蓄に頼ることになるのか。確定しているタンカーのスケジュールはどうなっているか。
「原油を確保した」という言葉は、定期的に安定供給されるという意味なのか、それともスポット調達に過ぎないのか。
こうした問いへの答えが示されなければ、企業は最悪のシナリオを前提に動くしかない。憶測が憶測を呼び、自己防衛的な在庫抱えや出荷制限へとつながる。
川上業者が身を守るために出荷を絞るのは経済合理性として当然だ。しかしその連鎖が積み重なれば、実際以上の「目詰まり」が社会全体に生じる。













