絶対的な「後ろ盾」なくして求心力を保つことは困難
ただ、菅氏も高市氏も自前の「派閥」を持たず、無派閥議員として内閣総理大臣に就任している。自民党派閥をめぐる「政治とカネ」問題をきっかけに派閥そのものは麻生派を除き解散されることになったが、派閥という「後ろ盾」がなければ数がモノを言う政界において基盤が脆くなりやすい。
もちろん、派閥という単位ではなくとも菅氏はグループを率い、高市氏も思想・信条をともにする側近たちに支えられる。とはいえ、高支持率があるうちは良くても下落が続いたり急落したりする事態を招けば、絶対的な「後ろ盾」なくして求心力を保つことは困難になるのが永田町の常識だ。
実際、菅政権は高い支持率を得て発足したものの、新型コロナウイルス対応などをめぐり国民から「NO」を突きつけられ、支持率の低迷が続いた。自民党総裁任期や衆院選が迫る中で「不人気宰相では戦えない」との声が党内で急速に広がり、内閣改造や党役員人事の刷新も果たせず退陣を余儀なくされている。
「我こそが、安倍晋三元首相の継承者」
派閥以外の議員を側近として内閣や党幹部に配置し、個人的な「縦」の繋がりを重視する傾向も菅、高市両氏に共通する。加えて、安倍政権時代の流れをくむ議員やスタッフたちを周囲やアドバイザーに置く流れも同様と言えるだろう。それは「我こそが、安倍晋三元首相の継承者」と自負しているからに他ならない。
だが、安倍氏は当時の党最大派閥「清和政策研究会」という後ろ盾があった上、保守政治家の代表格として派閥横断的な支援グループも存在していた。その両輪が政権基盤を安定させることに大きく寄与していた点は菅、高市両氏と大きく異なる。
2月の総選挙で大勝した自民党内では「派閥再結集」の動きが活発化している。4月頭に旧二階派のメンバー約20人が会合を開き、武田良太元総務相を中心とする塊を目指すと報じられたほか、「ポスト高市」を狙う小林鷹之政調会長の下には若手・中堅議員らが集まっている。
旧岸田派の林芳正総務相や石井準一参院議員らも自らの側近たちと会合を重ね、グループとしての「塊」を意識した動きを見せる。













