※紹介する全ての話は個人情報の特定ならびに捜査情報流失を防ぐため、事件事故および場所や人物の状況等を元の話から一部変更を加えている。また本書には、詐欺を目的に行われている悪質な霊感商法を肯定する意図は一切無い。

交通事故捜査係をしていた巡査部長のAさんが体験した恐怖の夜

夜間に自動車を運転している時、急に歩行者が視界に現れて驚いた経験はあるだろうか。屋外における夜間の視認性は歩行者が着用する服の色によって大きく変わる。

車のライトをハイビームにして走行していた場合、白い服を着ている歩行者は約154メートル手前から視認可能になるのだが、黒い服を着ている歩行者は視認距離が約85メートルになる。倍近い差が両者にはある。

これは夜間の視認性を確認するための実験によって算出された距離である。被験者は実験だと分かった上で集中して運転しているが、公道を運転している者が同じように前方に注意を払っているとは限らない。そのため実際に運転者が歩行者を認識する距離はもっと短くなることもあるだろう。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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夜中に人身事故が起きた場合、警察は、後日に事故発生時と同じ条件下で被疑者立ち会いの下、再現を行い視認性を調べる実験を行っている。同じ場所、同じ時間帯、同じ車両を使って見分を行うのだが、この実験中に不可解な事が起きた。

これは某県警の交通事故捜査係をしていた巡査部長のAさんが体験した話である。

ある夜、自宅で就寝していたAさんは携帯電話の着信音で目を覚ました。

夜中に警察署から電話が掛かってくることは警察官にとっては日常茶飯事だが、問題は電話の内容である。重要事件であっても他部署管轄の事案ならば、現場応援だけで終わるため自分の業務に支障は出ない。Aさんは交通課勤務であるため、例えば刑事事件の現場応援に呼び出されたとしても、あまり気落ちはしないのだ。

(頼むから交通事故じゃありませんように……)

祈りながら電話に出たのだが、その思いとは裏腹に、当直員は少し慌てた様子で次のように伝えてきた。

「死亡事故が発生。歩行者が自動車に撥ねられて、救急搬送されたが亡くなった。交通課長から全員すぐに招集しろとの指示が出た」

Aさんはすぐさま飛び起き、警察署へと向かった。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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死亡事故の状況は次の通り。

仕事を終えて帰宅中の男性が住宅地にある川沿いの細い道を運転していた。

変則的な勤務に加えて最近残業続きだったこともあり酷く眠かったのだという。うつらうつらとしながら車を走らせていると、道路上を女性が歩いていることに気付いた。

しかし、それを認識したのは自分が運転する車が女性を撥ねるまさに直前だった。

闇夜を照らすライトの灯りの中に急に女性の姿が浮かび上がり──反射的に急ブレーキを踏んだが間に合わず、鈍い音と衝撃が車内に伝わってきた。

男性は慌てて車から降り、道路に倒れている女性に声を掛けたが返事は無く、震える手でなんとか救急車を呼んだが、女性は搬送先の病院で死亡が確認された──という痛ましい事故であった。

交通課はこの男性の身柄は拘束せずに在宅捜査を行っていくことに決め、まずは現場と遺体の見分を行い、その他諸々の捜査は後日改めて行うことにした。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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死亡事故を起こした運転者はその場で必ず逮捕される訳ではない。交通事故において身柄を拘束するか否かの判断基準は過失割合の高さや悪質性である。

飲酒運転・信号無視のような重過失事故や、責任逃れをしようと証言がコロコロと変わる、噓をついて逃走しようとする、警察官に反抗し捜査妨害をするなどの悪質性が明らかに認められる場合は、被害者の負傷の程度にかかわらず逮捕されるが、そうでない場合は死亡事故であっても逮捕せずに在宅捜査とするケースも多い。

読者の皆様が万が一事故を起こした場合はすぐに負傷者の救護と通報を行い、素直にありのままの証言を行うことを推奨する。変に誤魔化そうとすると軽微な事故でも逮捕される可能性はあるということを覚えておいてもらいたい。