経済的DVからの逃走劇、海沿いを15分間カーチェイス
2回目の結婚は23歳のとき。お相手は、行きつけの飲食店で働く2歳上の男性だった。交際1年の末に結婚し、男の子を授かるも、その結婚生活は約3年で幕を閉じることになった。
「原因は、彼の経済的DVとモラハラです。私が寝ている間に財布からキャッシュカードを抜かれて、給料を全額ギャンブルに使われたり、『生活費』として渡されるのが月5000円だったり…。一番ひどかったのは、切迫早産で入院した際の医療保険の給付金まで使い込まれていたことですね」
家賃も半年ほど滞納し、取り立ての人物が自宅に訪れたこともあったという。
「それでも外面は完璧だったので、誰に相談しても『あの人がそんなことするわけがない』と信じてもらえませんでした。友人の前では荷物を持ってくれたり、子どもを抱っこしてくれるのに、家に帰ると『なんで俺がやらないといけないの?』『お前は仕事と家事と育児だけやっていればいい』と豹変するんです」
ついに、限界を迎えた木下さんは、2人の子どもを連れて家を出る決意をする。しかし、荷物をまとめていた最中、帰宅した夫と不運にも鉢合わせに。
木下さんはとっさに家の前に停めてある軽自動車に乗り込んで逃走したものの、後から追いかけてきた夫の車と、海沿いの国道を約15分間、距離にしておよそ7キロにわたる“カーチェイス”を繰り広げた。
最終的にファストフード店の駐車場に車を停め、夫の助手席に乗り換えて話し合いを試みたものの、事態は収拾しなかった。
しびれを切らし、車外に出ようとした瞬間、木下さんは羽交いじめにされ、車から突き飛ばされた。夫は息子を奪い、抱きかかえたまま渡そうとはしなかった。木下さんは急いで警察に連絡し、離婚が成立するまでの間、息子は児童相談所で一時保護され、親権を巡る裁判へと発展した。
「旦那に子どもをあずけて命を脅かされるぐらいだったら、離婚が成立するまで息子を児童相談所にあずかってもらう決断をしました。その1年半が、人生で一番辛い時間でした」
当時、木下さんは長女を連れて千葉の母親のもとに身を寄せながら、毎月、鳥取へ通い裁判に臨んだ。
「1歳半の、一番可愛い時期の息子に会えない寂しさと辛さは大きかったです。施設にタブレットを預けて、仕事の合間にテレビ電話で息子の顔を見るのは、唯一の支えでした」
およそ1年半におよぶ裁判の末、親権を勝ち取った瞬間のことは、今も鮮明に記憶に残っているという。
「児童相談所に息子を迎えにいったとき、職員の方々がみんな泣いていたんです。理由を聞くと、その施設では、預けられた子どもを親が迎えにきたケースが、何十年という歴史の中で初めてだったそうで…。その事実に、私自身も衝撃を受けました。『裁判で負けるわけない』と思いつつも、やっぱりずっと不安だったので。親権を勝ち取ったときは、心からホッとしました。これで、いつでも息子に会えるんだって」
こうして木下さんは、26歳で2回目の離婚を経験することとなった。


















